コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
娘が2歳になったばかりの時の話。あの頃はまだ私も視たり聴いたりはできるが、祓うまでの霊能力はさほどなかった。
遅生まれの娘はその頃まだワンワンやらニャンニャンやら単語をちょこっと繋げるくらいしか喋れなくて、小さい頃はそこそこ霊感持ちで色々なものが視えていたらしい。
傍から見れば何も無い空間を見上げて笑ったり泣いたりすることが時々あって、私が霊視すると確かに何かしら霊体がいたりした。
ある時、お風呂に入る直前に娘が玄関の方をじっと見つめて棒立ちしていた。
季節は真夏で、時間は19時かそこらだったと思う。
突然ふわっと室内に男の加齢臭みたいな臭いが漂ってきたと思ったら、しばらくしかめっ面で玄関のドアを睨んでいた娘が急に大号泣した。
見ると、玄関を入ってすぐの所に男が立っている。
ゾワッとしたからあまり良いモノじゃない。無視を決め込もうとして娘をお風呂に促すと、娘の腕には鳥肌が立っていて、お風呂に入るのをこれでもかというほど突っぱねた。
怖いという感情をドンと顔に出して大泣きしながら娘が持ってきたのは、新聞紙とセロハンテープ。
何に使うのかと思ったら、ビリビリ引き裂いては玄関に続くリビングのドアの磨りガラス部分に一生懸命貼り付けている。
「何してるの?」と聞けば「なむなむ、なむなむ」と大号泣しながら呟いている。
南無南無なんて教えた覚えもなければ、うちの本家の宗派は南無南無とは唱えないよ、などと落ち着かせようにも娘は半ば半狂乱で新聞紙をドアに貼り付けている。
玄関の男は微動だにせず、こちらを睨んでいる雰囲気だけは伝わってきていて、実は私も鳥肌が凄かった。
怖いという訳ではなく、身に染みて分かる憎悪の感情を受けたことへのアレルギー反応みたいなものだ。
このままにしておくわけにもいかないから、強く「出ていけ!!」と念じると、ガチャン!とドアの開閉のような音がして、男の気配が消えた。
音に驚いて慌てて玄関を確認するが、上下の鍵もチェーンもかけてある。やはり霊体だったようだ。不審者の方が私は怖い。
娘は磨りガラスの届く範囲に一生懸命新聞紙を貼り付けた後、最後にクレヨンを持ってきて赤と青でグチャグチャと丸なのか三角なのかわからない絵を描いた。それも、かなり沢山。
「なぁに、これ」
「おめめ」
「おめめ?……え?おめめ?おめめって、目のこと?」
何度か聞き返してしまった。しかし娘はドアの向こうを睨んだまま。
私からすると全く意味不明なのだが、何となくこれは娘なりの『結界』なのかなとその時は思った。
「貴様みたいな怖いものはうちに入ってくるな」という意志が強く込められているのは間違いない。
こんなに幼くして、邪悪なものから本能的に身を守る術を持っているのだなと関心していると、娘は頬を膨らませて泣きながら私を見上げた。
……手伝わなかったことを怒っていたようだ。
男のことは、私よりも先に玄関先までS兄が飛び出して追い払った。
しかし私は男に気を取られていて、そいつの背後にいたもう1つの気配に気付いていなかった。
その時の真相を、思わぬ形で数年後に知ることになる。
娘が4歳になり、死期が迫ってどうにもならないと悟った時、私はイレギュラーな行動を取った。
そのことがきっかけで、私側に憑くはずの憑依できる守護達がある程度一斉に集まる事態になった。
まあその詳細は長くなるので別の話でまとめるが、その守護の1人である『あさか』が「あさかね、2年くらい前にもここに来てるんだよ」と言った。
「娘ちゃんがあさかのことはっきり視えちゃったみたいで、目のマークを描いた紙をドアに一生懸命貼ってたの」
その時初めて合点がいった。
あさかは全身に目があり、全部開眼すると恐ろしい姿になる。金髪の色白な大人しめの女の子の姿がむしろカモフラージュで、目が沢山ある姿が本質だ。
娘がなむなむと呟き泣きながら貼っていた御札モドキは、男に対してではなく、その背後にいたあさかへの拒絶だったのだと、やっと悟った。
2年越しのカミングアウトに思わず笑ったが、当時はあさかもショックだったらしい。
あれから更に6年。今はもう娘の目にはあさかが認識されていない。成長と共に視える力は薄れているようだ。
ただ、時々気配は感じている様子で、 背後に立っているあさかを感知しては突然ぎょっとしたように「今誰か立ってた気がする」と時々言っている。