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えれめんたる
指示された時刻、22時
俺はナズナの隣室で、ルートQから送られてきた
「パッケージ」を拓也の社外秘サーバーへ転送していた。
指先が氷のように冷たい。
アプリが提示した手順は完璧だった。
以前、ナズナのスマホから盗み出したログイン情報を使い
拓也の個人アカウントを経由して、修復不可能なレベルの機密漏洩ウイルスを流し込む。
『指示:完了後、痕跡を消去。彼を「裏切り者」として全社員に一斉送信しなさい』
「……これで、あいつは終わりだ」
乾いた声が出た。
エンターキーを叩く。
その瞬間
画面の向こう側で一人の男の人生が音を立てて崩壊したのが分かった。
エリート街道を歩んでいたはずの婚約者が
一晩で数億円の損害を出した犯罪者に仕立て上げられたのだ。
翌朝
ニュースは流れなかったが、ナズナのスマホが悲鳴のような着信音を鳴らし続けた。
壁越しに、彼女の嗚咽が聞こえる。
「…嘘、信じられない。拓也くんがそんなこと……っ」
俺は壁に耳を当て、その声を聞いていた。
罪悪感
不思議とそんなものはなかった。
あるのは、ドロドロとした黒い達成感だ。
これで、彼女の隣に立てる男は俺しかいなくなった。
『おめでとうございます!障害物の社会的抹殺に成功。ルート維持率:98%』
昼休み、会社でナズナから連絡が来た。
『健二くん、会いたい。今すぐ会いたい……』
待ち合わせ場所に現れたナズナは、幽霊のように青ざめていた。
目は真っ赤に腫れ、髪も乱れている。
かつての「高嶺の花」の面影はどこにもない。
彼女は俺の姿を見るなり、縋り付くように抱きついてきた。
「もう、気づかれてると思うけど、拓也くんっていう婚約者がいたの…でも、拓也くんがいなくなっちゃったの……。警察が来て、会社のお金を盗んだって……私、もうどうしたらいいか……」
「大丈夫だよ、ナズナ。俺がいる。俺だけは君を裏切らない」
優しい言葉を吐きながら、俺の心は冷え切っていた。
彼女が愛している「俺」は、彼女の婚約者を地獄に突き落とした張本人だ。
彼女を抱きしめるこの腕は、昨日、破壊工作のキーを叩いたその手だ。
ナズナは俺の胸で子供のように泣きじゃくる。
その時、ポケットの中でスマホが震えた。
『ルートQ:最終フェーズへ移行します』
『警告:ナズナさんの執着心をあなただけに固定するため、最後の「ノイズ」を排除してください』
画面に表示されたのは、ナズナが何よりも大切にしている、あの白い小型犬の写真だった。
「……え?」
喉の奥が引き攣る。
人間を社会的に殺すことには慣れてきた。
だが、あいつは……あの子はナズナの心の支えだ。
『指示:明朝までに実行しなさい。さもなければ、あなたが拓也に罪を着せた証拠を、今すぐナズナのスマホに転送します』
俺はナズナの頭を撫でながら、震える手でスマホを握りしめた。
ルートQの画面が、まるで嘲笑うかのように赤く、深く、明滅していた。
俺たちは、もう二人きりだ。
この地獄のような「幸福」の中で。