テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
エピローグ
第五話 ただいま
翌朝、柔らかい木漏れ日で目覚める二人。
晩秋の朝の森は寒い。
焚き火の火も消えかかっている。
目が覚めてもくっついたまま、しばらく互いの体温で温め合う。
無言でぼーっと空を見ていたダイチは、ふと視線を感じ顔を向ける。
乳白色の瞳と目が合った。
するとジントが嬉しそうに額を擦り寄せてくる。
思わず顔が綻ぶ。
「……昔はジントさぁ」
ダイチが思い出したようにポツリと話し出す。
「こうやって俺がくっつくと、すぐ”近い”とか”離れて”とか言ってたやん?」
ニヤニヤしながらジントを見る。
「そんな照れるジントも可愛かったなぁ」
「……そういうダイチも、すぐ照れるくせに」
ジントは少し熱くなった頬を膨らませ、上目遣いでダイチの胸元をつつく。
「まぁ、それは……そうやけど……」
耳が赤くなる。
「ほら!」
ジントが笑う。
「そろそろ起きて行こっか!」
「……おう……!」
まだ慣れる気せぇへんな……。
苦笑しながら、名残惜しい気持ちを押し込んで起きあがる。
野営を片付け、早々に出発する。
このまま行けば、今日中にはラディスへ到着するはずだ。
天気は今日も快晴。
温かな日差しが降り注ぐ。
馬の足取りも昨日より軽い。
途中で休憩を挟みながら進む。
それからも順調に馬を進め、西へ傾き始めた陽光の中。
森の景色が少しずつ見慣れたものへ変わっていった。
薬草がよく採れる場所。
川へ降りる分かれ道。
そして秘密基地へ続く細い道。
ジントは思わず微笑んだ。
全部覚えている。
幼い頃から見てきた景色だ。
やがて見えてきた。
ラディスの北門。
いつもの門兵が立っている。
二人に気付くと、大きく手を挙げた。
馬の速度を落とす。
ゆっくりと近付く。
「ダイチ君に……」
門兵はそこで言葉を止めた。
そして。
「……ジント君!?」
目を丸くする。
いつもの黒いローブ。
だが、金色の髪、乳白色の瞳。
驚くのも無理はない。
けれど門兵はすぐに笑った。
いつもの笑顔だった。
「無事に戻って来たんだな!」
「ただいま、おっちゃん!」
ダイチが笑う。
「ようやく、本当に帰って来れたで!」
門兵は目を細めた。
「……そうか」
少しだけ声が震えていた。
「さあ、早く行きな!」
「ありがとう」
ジントも微笑む。
門をくぐる。
懐かしい街並み。
夕暮れの光。
人々の声。
どこからか漂う夕食の香り。
全てが変わらない。
それが嬉しかった。
間もなく薬屋の前へ辿り着く。
煙突から立ち昇る白い煙。
石造りの小さな建物。
少し傾いた看板。
ここも変わっていない。
馬を降りる。
ダイチも何も言わない。
ただ静かに隣へ立つ。
胸が苦しいほど高鳴る。
少し震える手を、扉へ伸ばす。
ーーカランカラン。
乾いたベルの音が響く。
薬草の香り。
雑多に並ぶ薬瓶。
懐かしい空気。
「はいはい、どなたかね?」
奥から聞こえる、いつもの優しい声。
その瞬間。
ジントの目に涙が滲む。
「……ばあちゃん」
声が震える。
マーサが顔を上げた。
そして、動きを止める。
目を見開く。
ゆっくり。
ゆっくり歩いて来る。
皺の刻まれた顔に、さらに皺が寄る。
「……ジント……」
震える声。
「おかえり……」
優しく抱き締める。
その腕も微かに震えていた。
ジントもそっとマーサの背中へ手を回す。
涙が頬を伝う。
「やっと……」
声が詰まる。
「帰って来れたよ……」
マーサは何度も頷く。
「うん……」
「うん……」
涙を浮かべながら。
「……おかえり……」
その言葉だけだった。
それだけで十分だった。
ジントはさらに強く祖母へしがみつく。
幼い頃と同じように。
マーサは優しく背中を撫でる。
何度も。
何度も。
マーサの中には幼い頃の小さな背中が重なっていた。
泣き虫で。
優しくて。
いつも誰かの心配ばかりしていた子。
どれだけ姿が変わっても。
どれだけ大きな運命を背負っていても。
この子はずっと、自分の大切な孫だった。
やがて少し身体を離す。
マーサはジントの顔を見つめた。
淡い金色の髪。
乳白色の瞳。
けれど、マーサが見ていたのはそんなものではなかった。
「……全部、終わったんだね……」
優しい声。
ジントは涙を拭いながら頷く。
「うん」
マーサは微笑んだ。
心から安堵したように。
「よく頑張ったね……」
皺だらけの手が頬へ触れる。
涙を拭う。
「ばあちゃん……」
声が震える。
「ばあちゃん……っ!」
言葉にならない。
嬉しい。
安心した。
帰って来られた。
いろんな感情が溢れる。
ジントは小さな子供のように泣いた。
マーサは何も言わず抱き締める。
自分よりも随分背丈の伸びた、ずっと変わらず大切な、愛しい存在を。
少し離れた場所では、ダイチが静かにその様子を見ていた。
口元には優しい笑み。
その目は潤んでいる。
この旅へ出る時。
マーサと自分の願いは同じだった。
ただ一つ。
ジントに帰って来てほしい。
それだけだった。
そして今、その願いは叶った。
赤ん坊の頃から変わることのない愛情が、そこにはあった。
月蝕の子でもない。
世界を救った英雄でもない。
ただのジントとして。
マーサはずっと彼を愛していた。
そしてジントはようやく、本当に帰ってきたのだった。
一番、帰りたい場所へ。
コメント
2件
髪や瞳の色が変わってもマーサは最初の頃から変わらない愛情をジントに注いで来たんだなぁと思うと涙が止まりませんね😭 ダイチが後ろで優しく見守ってくれているのも暖かいですね☺️💕︎
**はる。だわ!** 第39話「ただいま」、読んだよ…。もうね、冒頭の朝の体温のやり取りからジントとダイチの距離感が変わっててにやにやしたわ。でも何よりグッと来たのは、マーサばあちゃんの「おかえり」。どんな姿になっても、何を背負ってても、孫は孫。その一言に全部が詰まってて、泣いた。ジントがようやく帰れる場所に帰れたのが、本当に良かった。comiさん、心温まるエピローグをありがとうございます…!
𝕔𝕠𝕔𝕠
32
#み!るきーず
ぷりんねこ
28
comi
1,499
#M!LK
はる☻
29,626