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私の目の前には私を殺そうとしている友達がいる。でも穏やかに微笑む彼女をみていたら、またこれは彼女の悪戯のように思えた。私を困らせようと演技しているだけではないだろうか。
それか、これはただの私の勝手な妄想。私は悪い夢を見ているだけ、そう思いたかった。「信じられないよね?そうだよね、杏ちゃんは私を本当の友達にしてくれた。…嬉しかったよ。これは嘘じゃない、本心だよ。」
私に包丁を向けながら彼女は言った。その刃の切先は揺れることはない。彼女は本気で私を殺そうとしているのだろう。彼女の着物に付着している血が自分の血のように思えてくる。
「でも、杏ちゃんが見ていたのは本当の私じゃない。全部偽物なんだよ。偽物の私しか見ていなかったから最後まで私の本性に気付けなかった。」
いつの間にか手足の感覚は無くなっていた。これは寒さのせいだろうか。それとも私は彼女が恐ろしいのだろうか。
彼女はどこか悲しそうで、でもどこか楽しげだった。
その時、ふと思い出した。こういう表情を過去に一度見たことがあった。そうだ、どうして気付かなかったのだろう。彼女は私に救いを求めていたのに。
「私はユウを嫌ったりしないよ。どんなユウを見ても絶対に嫌いになったりしない。たとえどんな罪を犯しても、私はユウを嫌いにならない。」
彼女は驚いたように目を見開いて、そして高く笑った。
「覚えていたんだね。」
彼女がゆっくり私に近寄る。このままでは私は殺されてしまうだろう。そう思ったけれど私の体は蛇に睨まれた蛙のように少しも動かなかった。
そして、刃が私の首に触れた。私よりも少し背の低い彼女は私を見上げるようにして立っていた。その顔に悲しさなどもうなかった。ただ、いつもの妙に明るい笑顔で私を見つめていた。
「ねぇ、杏ちゃん。このままじゃ杏ちゃんは死んでしまうよ?」
「そうだね。」
他人事のように私は答えた。今、私はどんな顔をしているのだろう。彼女のように変に笑っているのか、それとも死を恐れ泣きそうな顔になっているのか。そのどちらでもない気がする。
「杏ちゃんのそういう所が1番好きだよ。何を考えているかよく分からない、その表情。他の人とは全然違う。」
彼女の言っている通り、私も普通じゃないのかもしれない。だから殺されそうになっても、ただ黙って立っている。次の瞬間には私は死んでいるかもしれないのに。
「杏ちゃんのこと、殺したくないな。」
刃を少しだけ押し込まれて、首に何が伝う感覚がした。
「でも、これは仕事だからやらなくちゃいけないんだよね。」
「仕事…?」
思わず出てしまった言葉。ユウは楽しそうに「そうだよ。」と答えた。
「私ね、人を殺して報酬をもらってるの。」「え、それって…。」
「殺し屋っていうのかな?私みたいな仕事をしている人。」
私は息を飲んだ。彼女が殺し屋なんて…。彼女が私以外の人を殺す所なんて想像できなかった。
「驚いた…?もしかして私のことを嫌いになっちゃった?」
「それはない。」
なぜ即答できたのかは分からない。だけど、ユウに「嫌い」なんて言ってしまったらユウは絶対に一生傷つくと思ってしまったのだ。
「…じゃあ、もしも私が人を平気で殺せるような人だったら?」
この質問も私を試しているのだろうか。
「平気で殺せるから殺し屋なんじゃないの?」
「そういう事じゃなくてさ、なんて言えばいいのかな…。」
少しの間、彼女は沈黙して、たどたどしく話し始めた。
「うーんとね。私が仕事以外で人を殺すって言ったら、杏ちゃんはどう思うかな…?」
「そんなことしてても別になんとも思わないけど。」
「ほんと〜??」
彼女はクスクスと小さく笑った。その姿は私の殺し屋のイメージとはかけ離れていて、ユウをどこにでもいる普通の女の子のように思えた。けれども、これも私の勝手な思い込みなのだろう。
「ねぇ、杏ちゃんはどうして何も聞かないの?」
彼女は急に笑顔を消した。そして、包丁を私の首から離した。
「気にならないの?どうして自分が殺されなければならないのか…。」
刃の先には私のものと思われる赤い血が付いていた。その刃を彼女は自分の人差し指に押し当て、軽く手前に引いた。プツッと血が滲み、それを彼女の小さな舌で舐めとる。
「やっぱり痛いね。」
そう言ってユウはにっこり笑った。
私は彼女のことが少し不気味に思えた。その次の瞬間、彼女は素早く腕をしならせ、私を目がけて包丁を向けた。