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第17話:波を消す者
日曜の昼下がり。
商店街の外れにある廃ビルの屋上で、拓真と蓮は模擬戦を繰り返していた。
拓真はトレーニングウェア姿で額には薄く汗が光り、赤波が両腕からゆらゆらと揺れている。
蓮はいつものジャージに、首元の抑制バンドを少し緩め、灰波を細く鋭く放っていた。
「いいぞ、波の形が崩れなくなってきた」
蓮の声に、拓真は短く頷き、さらに一歩踏み込む。
その瞬間——
ふっと、世界から“匂い”が消えた。
空気はあるのに、香波の気配が一切感じられない。
拓真の目には、波の色も揺らぎも映らなかった。
「……なに、これ」
振り返ると、ビルの非常口から、一人の男がゆっくりと現れた。
背は高く、痩せ型。深緑のコートの裾が風に揺れ、長い前髪が片目を隠している。
その顔は無表情だが、妙に人を寄せ付けない冷たさをまとっていた。
蓮が眉をひそめる。
「——絶遮者(ぜつしゃしゃ)か」
香波社会でもごく稀に存在する、香波の発生も感知もできない体質の人間。
彼らは、自分からは波を出さないだけでなく、周囲の波すら吸い込むように消してしまう。
戦場では、どんな強者でも波が封じられればただの生身になるため、絶遮者は危険視され、時に政府機関にスカウトされる存在だった。
「君が春瀬拓真だな」
低い声が、風を切るように響く。
「黄波地区対抗戦に出る前に、覚えておけ。——波が見えることは、必ずしも有利じゃない」
そう言い残し、男は再び非常口へと消えていった。
波が戻ると同時に、拓真の膝はわずかに震えていた。
「……今、何もできなかった」
「だから言ったろ。大会は波の強さだけじゃ勝てない」
蓮の言葉は、これまでで一番重かった。
その夜、拓真は赤波を練習しながら、初めて“波のない世界”を想像してみた。
そこには恐怖だけでなく——勝つための新しい道筋の影も、確かに見え始めていた。