奏太は、ダイニングテーブルに座ったまま、目の前の光景をじっと見つめていた。
「夢じゃないのか?」
そこには、亡くなったはずの父がいた。
新聞を広げながら、コーヒーを飲んでいる。
母は台所で味噌汁を作り、ふわりと出汁の香りが部屋に広がっていた。
――まるで、12年前の朝そのままだった。
「奏太、お前どうした? さっきからぼーっとして。」
父が新聞をたたみながら、不思議そうにこちらを見た。
「え、いや……。」
どう答えればいいのかわからなかった。
「昨日の部活、遅くまで頑張ってたんだろ?」
父は笑いながら言う。
その一言で、奏太の中で違和感がはっきりと形になった。
――今、自分は高校生の頃に戻っている。
目の前の父も、まだ病気を発症する前だった。
「父さん、元気……なのか?」
恐る恐る尋ねると、父は驚いたように笑った。
「なんだよ、元気に決まってるだろ。」
――本当に、過去に戻ってしまったのか?
もしそうなら、この時間をやり直せるのではないか?
まだ父が元気なら、父を病気から救うこともできるのではないか?
学校へ向かう準備をしながら、奏太はスマホを手に取った。
「父 病気 予防法」
検索欄に入力する手が震える。
自分が知る未来では、父は肺がんで亡くなった。
もし、その原因を今のうちに防ぐことができれば、未来を変えられるかもしれない。
検索結果には、「定期検診の重要性」や「早期発見で生存率向上」などの情報が並んでいた。
「……そうか、今なら間に合う。」
12年前の今なら、父の病気はまだ発症していない。
ならば、定期検診を受けさせることができれば、父を救えるかもしれない。
「……やるしかない。」
奏太は、自分が与えられたこの時間に使命を感じ始めていた。
登校すると、懐かしい光景が広がっていた。
校舎の壁、廊下の掲示板、朝のホームルームのざわめき――。
どれも12年前のままだった。
「おい、奏太!」
不意に背中を叩かれる。
振り返ると、そこには高校時代の友人・友(とも)がいた。
今では大学のゼミ仲間として映画を一緒に作っているが、この時代ではまだ高校生だった。
「何ぼーっとしてんだよ。今日、昼休み映画部のミーティングあるの、忘れてねぇよな?」
映画部。
――そうだった。
高校時代、奏太は映画部に所属していた。
この時代から、すでに映画作りに没頭していたことを思い出す。
「……ああ、覚えてるよ。」
久しぶりに友の高校時代の姿を見たせいか、懐かしさで胸が詰まる。
彼もまた、この12年の間で成長し、大学では大切な仲間になった。
でも、彼は今の奏太が余命を宣告されていることなど知る由もない。
「……奏太?」
友が怪訝そうに首をかしげた。
「いや、なんでもない。今日のミーティング、ちゃんと行くよ。」
友は安堵したように笑った。
放課後、映画部の部室に向かった。
部室には、過去の自分が撮影したポスターや、部員たちが企画した映画のスケッチが散らばっていた。
12年前の自分は、ここで何を夢見ていたのか。
この時点では、まだ余命を宣告されることもなく、ただ純粋に映画を作ることに情熱を注いでいた。
もし、この時間を使って何かを残せるとしたら?
「……俺は、この時間を無駄にしない。」
奏太は心の中で強く誓った。
過去に戻れたという奇跡を、ただの偶然で終わらせてはいけない。
父を救い、自分の人生をやり直し、映画を作る。
そして、12年後の未来を、違う形にする。
そのために、今できることを――。
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