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第一章 まだ目覚めぬ月
番外編③秘密基地
夏の陽射しが森を照らしていた。
木漏れ日が揺れ、葉の隙間から差し込む光が地面へまだら模様を作っている。
ジオとサフィアンは森の奥を歩いていた。
最近はこうして一緒に過ごすことが当たり前になっていた。
薬草採取の日も。
そうでない日も。
気付けばサフィアンは森へ来ていたし、ジオもそれを待つようになっていた。
「なぁジオ」
先を歩くサフィアンが振り返る。
「秘密基地作ろうぜ」
「また?」
「またってなんだよ!」
サフィアンは頬を膨らませた。
この話をするのは今日で三回目だった。
「男は秘密基地作るもんだろ!」
「そうなの?」
「そうだ!」
力強かった。
ジオは少し考える。
「じゃあ場所は?」
「それを今から探すんだよ!」
サフィアンは胸を張る。
行き当たりばったりだった。
青い瞳は、どこまでも楽しそうだった。
ジオは小さく笑う。
「分かった」
その一言で、サフィアンの顔がぱっと明るくなった。
「よっしゃ!」
二人は森の奥へ進んでいく。
小川を越え。
獣道を避け。
ジオの案内で人の来ない場所を探した。
そして
「……あ」
最初に見つけたのはジオだった。
木々の間を抜けた先。
そこだけぽっかりと空間が開いている。
中心には巨大な木が立っていた。
見上げても頂上が見えないほど大きい。
太い根が地面を這い、幹は大人が何人も手を繋がなければ囲めないほどだった。
周囲は不思議なほど静かだった。
風の音だけが聞こえる。
「おぉ……」
サフィアンも目を丸くする。
「なんかすげぇな」
ゆっくり近付く。
木の根元には大きな窪みがあった。
雨風を少し防げそうな空間。
子供二人なら十分に隠れられる。
サフィアンは数秒黙ったあと、勢いよく振り返った。
「ここだ!!」
「え?」
「秘密基地!」
両手を広げる。
「めっちゃいいじゃん!」
ジオは思わず吹き出した。
「まだ何もないよ」
「今から作るんだよ!」
そこからは大変だった。
落ちている枝を集める。
石を運ぶ。
大きな葉を拾う。
屋根を作ろうとして崩れる。
サフィアンが木へ登ろうとして落ちる。
ジオが呆れる。
サフィアンがまた挑戦する。
また落ちる。
「だから危ないって」
「いけるって思ったんだって!」
結局、夕方になる頃には二人とも泥だらけだった。
それでも木の根元には、小さな空間が出来上がっていた。
拾った枝で作った屋根。
石を並べた椅子。
隠れ家と呼ぶには粗末だったが、二人にとっては立派な秘密基地だった。
「完成!」
サフィアンが誇らしげに胸を張る。
「まだ完成じゃない」
ジオが言った。
「ん?」
ジオは少し考えたあと、薬草を削るための小さなナイフを取り出した。
そして巨大な木の幹へ近付く。
サフィアンが不思議そうに首を傾げた。
「何するの?」
「名前」
「名前?」
ジオは木肌へ刃先を当てる。
ぎこちない手つきだった。
少しずつ。
一文字ずつ。
真剣な顔で文字を彫っていく。
サフィアンはその様子を隣で眺めていた。
木漏れ日が黒い髪へ降り注ぐ。
伏せられた長い睫毛。
真面目な横顔。
その姿が妙に綺麗で。
サフィアンはなぜだか目を離せなかった。
「……サフィ?」
呼ばれて慌てて我に返る。
「え?」
「終わったよ」
見ると、木の幹には少し歪な文字が刻まれていた。
『さふぃあんと』
「続き」
ジオがナイフを差し出す。
「え?」
「サフィも彫るんだよ」
サフィアンの顔がぱっと明るくなる。
「おぉ!」
「ジオの名前を彫るんだな!」
受け取ったナイフを握りしめる。
そして木へ向かった。
だが、数分後。
「……下手」
ジオが呟く。
「うるさい!」
文字は見事に曲がっていた。
「ちゃんと読めるだろ!」
「読めるけど」
「ならいいじゃん!」
二人は顔を見合わせる。
そして同時に吹き出した。
木の幹にはこう刻まれていた。
『さふぃあんとじおのひみつきち』
少し歪で。
少し不格好で。
だけど世界で一つだけの文字だった。
夕陽が森を赤く染めていく。
二人は並んで座り、自分たちの作った秘密基地を眺めた。
「また来ような」
サフィアンが言う。
「うん」
「明日も来る」
「毎日?」
「毎日」
即答だった。
「入口に大きな布掛けて……」
「あ!あと食べ物も持ってこなきゃ!」
ジオはくすりと笑う。
「分かった」
風が吹く。
葉が揺れる。
巨大な木は何も言わず、二人を見守っていた。
この場所が二人にとって特別な場所になることを、まだ幼い二人は知らない。
けれどこの日の夕暮れと、森の奥に生まれた小さな秘密基地は、確かに二人だけの宝物になったのだった。
#ダークファンタジー
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コメント
1件
よかったです……!子供時代のジオとサフィアンの秘密基地づくり、本当に胸がいっぱいになりました。二人で木に名前を彫るところ、特にサフィアンが不器用ながらも彫った「じお」の文字が曲がってて、それでも世界で一つだけの宝物になる感じが愛おしいですね。あと、サフィアンがジオの真剣な横顔を見てドキッとする瞬間、すごく繊細で好きでした。ほのぼのとした夏の思い出が、これからの物語にどう響くのか、続きが楽しみです☺️