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雨が降っていた。
細く。
静かに。
夜の森を濡らしている。
エレナは肩を震わせた。
冷たい。
数日間、 二人はほとんど眠れていなかった。
町を避け。
村を避け。
人目につかない森ばかりを歩く。
まともな食事も取れていない。
「寒いか。」
ルシアンが聞いた。
エレナは少し笑った。
「少しだけ。」
ルシアンは黙る。
自分の外套を外した。
「着ろ。」
「え?」
「俺は平気だ。」
「でも。」
「平気。」
有無を言わせない。
エレナは苦笑した。
「頑固。」
「よく言われる。」
外套を羽織る。
ほんの少し。
ルシアンの匂いがした。
雨。
森。
そして。
どこか甘い夜の香り。
「ありがとう。」
ルシアンは何も言わず、 前を歩き始めた。
森を抜けると、 小さな村が見えた。
煙突から煙が上がっている。
「人がいる。」
エレナが呟く。
ルシアンは立ち止まった。
「……食料がいる。」
「入る?」
「できれば避けたい。」
だが。
エレナの顔色は悪い。
数日間の疲労。
空腹。
限界が近い。
ルシアンは小さく息を吐いた。
「俺が行く。」
「一人で?」
「すぐ戻る。」
「私も。」
「駄目だ。」
即答だった。
「見つかったら。」
「二人とも終わる。」
エレナは少し考えて。
頷いた。
「……わかった。」
ルシアンは笑った。
「いい子だ。」
「子ども扱いしないで。」
「してない。」
「した。」
少しだけ笑い合う。
その時間が、 二人には貴重だった。
ルシアンは村へ向かった。
エレナは森で待った。
静かだった。
雨も止み始めている。
大丈夫。
きっと。
そう思っていた。
その時。
背後で枝が折れた。
振り返る。
誰かいる。
黒い外套。
長い剣。
赤い瞳。
追撃隊。
「……見つけた。」
低い声。
エレナの身体が強張る。
男は剣を抜いた。
「人間。」
逃げなきゃ。
そう思う。
足が動かない。
「おとなしく来い。」
男が近づく。
「抵抗するな。」
エレナは一歩下がる。
「来ないで。」
男は止まらない。
「命だけは助けてやる。」
嘘だ。
わかる。
本能が叫ぶ。
逃げろ。
だが。
身体が動かない。
男が手を伸ばした。
その瞬間。
黒い影が飛び込んだ。
鈍い音。
追撃隊の男が吹き飛ぶ。
「ッ!!」
地面を転がる。
エレナが目を見開く。
「ルシアン!」
ルシアンだった。
瞳は真紅。
牙が覗いている。
手には、 奪ったばかりの短剣。
男が立ち上がる。
「裏切り者……!」
ルシアンはエレナを背に庇った。
「下がれ。」
「でも!」
「下がれ!」
その声に、 エレナは息を呑んだ。
初めてだった。
こんな声を聞くのは。
追撃隊の男が笑う。
「人間を守るためか。」
「堕ちたな。」
ルシアンは答えない。
男が剣を振る。
速い。
だが。
ルシアンは避けた。
そして。
一瞬で間合いを詰める。
短剣が閃く。
火花が散る。
男が距離を取る。
「本気か!」
「本気だ。」
ルシアンは静かに言った。
「通してもらう。」
「断る!」
再び剣がぶつかる。
エレナは息を呑む。
速すぎる。
見えない。
金属音だけが響く。
男が叫ぶ。
「たかが人間一人!」
「何故だ!」
「何故そこまで!」
ルシアンは答えた。
「知らない。」
剣を弾く。
「でも。」
また一歩。
「守りたい。」
男が目を見開く。
「そんな理由で!」
「十分だ。」
ルシアンが踏み込む。
短剣が、 男の剣を弾いた。
高い音。
剣が宙を舞う。
男が後ずさる。
ルシアンは短剣を向けた。
喉元。
あと少し。
殺せる。
男が笑った。
「やれ。」
雨が降る。
「人間のために。」
「仲間を殺せ。」
ルシアンの手が止まる。
男は笑う。
「できないか?」
エレナが震えた。
ルシアンの背中が、 小さく揺れている。
男はさらに笑った。
「甘い。」
その瞬間。
懐から短刀を抜く。
エレナへ投げた。
「ッ!」
避けられない。
エレナが目を閉じる。
その前に。
ルシアンが立った。
短刀が肩を貫く。
「ルシアン!」
血が落ちる。
赤い。
雨に溶ける。
男が笑った。
「だから甘い!」
ルシアンは肩を押さえた。
そして。
ゆっくり顔を上げる。
エレナは息を呑んだ。
瞳が。
今までより深く、 赤く染まっている。
牙が伸びていた。
男が一歩下がる。
「おまえ……。」
ルシアンが言った。
静かに。
感情を押し殺すように。
「……二度。」
一歩。
「彼女を。」
また一歩。
「狙うな。」
男は剣を探した。
落ちている。
遠い。
間に合わない。
ルシアンは短剣を投げた。
銀の光。
男の肩を貫く。
悲鳴。
その隙に。
エレナの手を掴む。
「走るぞ!」
「え?」
「今!」
二人は駆け出した。
男の怒鳴り声が聞こえる。
「逃がすな!」
遠くで。
追撃隊の角笛が鳴った。
仲間を呼んでいる。
ルシアンは止まらない。
森を抜ける。
川を越える。
雨に濡れながら。
エレナは気づいた。
ルシアンの手。
震えている。
「……痛い?」
聞く。
ルシアンは首を振る。
「違う。」
「じゃあ。」
長い沈黙。
やがて。
小さく言った。
「怖かった。」
エレナは驚いた。
「え?」
「殺しそうだった。」
雨が落ちる。
「おまえを傷つけられて。」
「本当に。」
「殺しそうだった。」
エレナは何も言えなかった。
ルシアンは俯く。
「……そんな自分が。」
「少しだけ。」
苦しそうに笑う。
「怖い。」
エレナは立ち止まった。
ルシアンも止まる。
エレナは、 そっと彼の傷ついた肩へ触れた。
「ルシアン。」
「なんだ。」
「ありがとう。」
雨音だけが響く。
「守ってくれて。」
ルシアンは困ったように笑った。
「……当たり前だ。」
「どうして?」
その問いに。
彼は少し考えて。
そして。
静かに答えた。
「おまえを失う方が。」
雨の向こうを見つめる。
「俺が俺じゃなくなる気がする。」
エレナの胸が熱くなる。
彼女は、 そっとルシアンの手を取った。
その指先には、 まだ雨と血が残っている。
冷たいはずなのに。
不思議なくらい、 安心できた。
二人は、 再び歩き出す。
夜の果てへ。
追撃隊の刃から逃れるため。
そして。
互いを守るため。
知らぬ間に。
逃亡者だった二人は。
もう、 ただ逃げるだけではいられなくなっていた。
誰かがその手を奪おうとするなら。
誰かがその命を狙うなら。
牙を剥く。
刃を向ける。
たとえ、 世界そのものを敵に回したとしても。
月は雲間から姿を現し、 寄り添う二つの影を静かに照らしていた。
――
#コメディ時々暗闇
奏音•*¨*•.¸¸♬︎💙
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#恋愛
ばたっちゅ
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