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「ぐっ!」
モートは蝙蝠男の牙で凄まじい苦痛を与えられていた。噛まれた右腕からは鮮血がおびただしく床に落ちていった。
なかなか蝙蝠男の口を引き離せず。困っていると、突然にガツンと蝙蝠男の頭に誰かが花瓶をぶち当てた。モートは驚いてみると、アリスが割れた花瓶を持って佇んでいた。
「アリス! 危険だからどこか安全な場所に隠れていてくれないか!」
「それより、モート。使用人のアンネおばあちゃんが危ないのです! すぐに助けに行ってください! お願いします!」
「わかった……すぐに行くよ」
モートは鮮血で塗れた右腕をコートで拭ってから、すぐに頷き斜め下の赤色の魂を持つもののところへと真下の床を通り抜けると、斜め下へと壁の中を通り抜けながら急いだ。
幾つも幾つも有名な天井画家による天使の絵や花々が描かれた天井、透き通った透明感のある壁、重厚なカーペットの床を通り抜け、モートは西館と東館の中央まで赤色の魂に向かって走った。老婆の使用人部屋は廊下の端っこにあった。こじんまりとした部屋だった。その部屋のドアの面前に蝙蝠男が数人。パタパタと羽を鳴らし浮遊していた。
モートは素早く近づくと同時に、全ての首を狩った。
鮮血で汚れた銀の大鎌を洗いたくて、老婆のドアをノックした。
「アンネおばあちゃんですね。ここを開けて下さい。お願いします」
老婆が恐る恐るドアを開けると、モートの姿を見て「ヒッ」と短い悲鳴と共に失神した。
「……」
モートは仕方なく。銀の大鎌を洗うのを諦めて、この老婆が立ち直るまで、護衛につくことにした。
Pride 9
ヘレンはオーゼムの後ろ姿を追いながら頼りない蝋燭の灯りで、仄暗い廊下を進んでいた。
「オーゼムさん。かなり進んだようですが。目的地はまだなのでしょうか?」
「ええ……。」
「今、ジョンの屋敷のどこらへんかしら?」
「もうすぐ食堂ですよ。お腹は空いていませんか?」
靴底と靴下が凍ってしまうほど極寒の夜を、ヘレンはオーゼムと夜間バスに乗って、再びジョンの屋敷へと遥々来たのだ。
ここホワイト・シティでは珍しく雪が降らない夜だった。
ヘレンは不思議と無人と化したジョンの屋敷を不気味とはちっとも思わなかった。例えジョンがいても無人の屋敷と大差ないからだろうか。あるいはオーゼムがいるからなのか。そのどちらもヘレンにはわからなかった。
廊下の窓の外には、真っ白な月が浮かんでいた。
ヘレンは窓の外に白い月が浮かんでいることで、心強く思っていると、ドンッとオーゼムの背中に派手に顔をぶつけてしまった。オーゼムが立ち止まったからだ。
「もし、モート君を連れて来たなら……良かったんだ……予想以上に……ここは危ない……」
オーゼムの背中の体温が急激に冷たくなるのをヘレンは体感した。
「ど、どうしたのです?! オーゼムさん?!」
「もう手遅れかも知れませんので、ヘレンさん! 逃げて下さい!!」
オーゼムが急にヘレンの方へ向くと、両手でヘレンを後方へと突き飛ばした。突如、前方に、正確にはオーゼムの後ろからガシャンと何かが割れる音がした。
ヘレンは尻餅をついて、その音にも恐怖して震えだした。だが、すぐに払拭してオーゼムを置いておくわけにはいかないと思った。立ち上がりオーゼムの右手を素早く掴んだ。
「さあ! こっちへ! オーゼムさん!」
ヘレンはオーゼムの右手を握りしめ、食堂と思わしき場所の中へと入った。
ノシノシと重い足音が追ってくる。
ヘレンとオーゼムは食堂のテーブルや椅子をひっくり返しながら奥の方へと走った。人間とは思えない叫び声が後ろから上がる。
急にオーゼムがヘレンの前を走って霜の降りた窓を開けようとした。
「駄目だ! 庭に続く窓は開きません! 行き止まりですね!」
「なんとか逃げないと! ああ、モート……」
重い足音がゆっくりと近づいてくる。
その姿は……ヤギの顔の人間だった。
突然、窓ガラスから漆黒の影が食堂へと飛び込んできた。
ヤギの顔をした人間の首が一瞬で飛ぶ。
ヘレンは驚いて、真っ黒い影を見つめた。
暗闇から月明かりで見えるその影は、モートだった。
「モート君! 君は……本当にありがとう……」
オーゼムは胸の前で十字をきると、揚々しい態度だったがモートにお辞儀をした。
「モート?! 本当にありがとう! 来てくれたのね! あ! でも、アリスさんは無事なの?」
ヘレンは未だ震えは治まっていないが、アリスのことも心配だった。だが、内心はモートに感謝の気持ちでいっぱいだった。
「ああ……アリスの屋敷内の蝙蝠男は全て狩ったんだ。もうアリスたちは安全だ……」
少し照れたモートが銀の大鎌を食堂の水場で洗いに行った。
ヘレンはオーゼムがしかめっ面をしているので、オーゼムに問い掛けると、
「しまった……賭けを忘れていましたね……ヘレンさんと賭けていれば良かったのです……」
オーゼムはがっかりとしていた。
ヘレンはこんな時にも金銭欲のあるオーゼムに微笑んだ。
「どうやら、この不可解な人間はジョンの屋敷の番犬や警備員のようなものですね」
オーゼムがヤギの顔の人間を光の奥へと仕舞うと、モートに言った。
「まだ他にもいるのかい?」
モートは銀の大鎌を握り直し抑揚のない声を発した。
ヘレンはぶるっと震え、嵌め込み窓の外を眺めた。
手入れなどされていないので、野薔薇が至る所に散らばるかのような庭だった。
それが、ヒュウヒュウと凍てついた風を受けて激しく揺れていた。
「いや、魂は……」
「今のところ見えないな。あ、ヘレン。念のために僕の傍にいてくれ」
オーゼムとモートは見える魂がないかと周辺を見回していた。
「ところで、オーゼムさん。ジョンの最大の秘密とは。一体なんなのですか?」
「それは……この屋敷のどこかにある地下にあると思いうのです……。多分ですが。きっと、そのあるものでジョンの全てがわかりますよ」
オーゼムはここ食堂から外の廊下へと歩きだした。
「ジョンの全て……」
ヘレンはやっと、自分の今まで追ってきた最大の謎が、この時解き明かされようとしていることに自然と嬉しさと同時に戦慄を覚えた。