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※午後ニ十三時四十五分――ヴァーミリオンシティ ~スーパー部 事務室。
「…………」
机には腰掛けながら、微動だにしない女性が一人。背面からでは何をしているのか、皆目伺えない。
そして――その背後から近付く者。
「遅くまで“精”が出るねぇ美和ちゅわん! 言われなくても待ってるなんて、良い子だねぇ……さすが僕のモノだ」
その耳元で浅ましく囁く、醜悪な表情――中村 照男。
「さあ……始めようか?」
何時の間にか彼女の胸元は、その節くれだった両手で鷲掴みにされていた。
――毎夜の職場での情事。一方的で自己中心的な――男の歓喜の呻きのみが、室内灯のみで薄暗く照らされた室内を支配していた。
「んん~? 遠慮せず声を出していいんだよ? カメラの電源は切ってるんだから……ククク」
中村は俯いているようにも見える彼女を、その両手で強引に揉みしだきながら、耳元で荒い吐息を囁く。
通常、店舗には犯罪防止や記録の為に、至る所に監視カメラが設置されている。
当然事務所内にも不正防止の為、設置されているのだが、それを熟知している狡猾な中村は、この行為の最中の間は電源を切っていた。証拠を残さぬ為に。
「……どうしたんだい? 今日はやけに大人しいね?」
されるがまま黙りとした彼女に、中村は業を煮やした。
反応してくれないと面白くないのだ。
「……もう……止めてください」
沈黙を貫いていた彼女は、ようやく口を開いた。その事に中村の口角も吊り上がるそれは、狡猾で醜悪な笑み。
「ヒヒヒ……止めてくださいじゃないだろ? もっとしてください、でしょ――っ!」
そう中村は強引に彼女を振り向かせ、その唇を奪おうとしたが、すぐに気付く――
「ひぃっ!?」
彼女の“有り得ない”異変に。
「……私の“顔”に何か?」
首を傾げる彼女の怪訝そうな――否、“橋田 美和”の清楚で穏やかな表情は其処には無く――
「ひぃぎゃあぁぁぁ――!!」
室内に響き渡る中村の絶叫。
彼女の“顔”は生前の者とは違い、無機質な人体模型の如き――髑髏そのものだった。
「化け物ぉぉぉ――っ!!」
気付かぬまま別人を抱いていた事実に、中村は絶叫と共に身を退こうとするが――“抜けない”。
「ヒィィィ! ヒィィィッ――!!」
押せども引けども、繋がったまま固定されて微動だに出来ない事実に、中村は驚愕と共に混乱するしかない。
“一体何故っ!?”
更に――中村の側面に、同じく髑髏の女性が二人、闇から現れて彼を羽交い絞めにする。
「何なんだ!? 一体何だこれはぁ――っ!!」
それは現実で在りながら、さも悪夢の中にさ迷い混んだような――
“まだ気付かないのかしら”
「――っ!?」
そのおどおどしい声は髑髏から発せられたものとは違い、頭の中に直接入り込んで来た類いのもの。
“貴方が凌辱した者の事を……”
「知らん! そんなもんは知らん!」
表情が髑髏なので見分けがつく筈も無いが、特徴有る声は紛れもなく聞き覚えがあった。
それは己がよく知った者の声。今は仕事を辞め、自殺した元従業員。だが中村は白を切る。
“踏みにじって……凌辱して……白を切って……“
“許さない”
「うっ……うるさい! 僕は店長だ! 店長は部下に何したって良いんだ!!」
それ処か、中村は正当性を主張。極めて自己中心的で、身勝手過ぎる独りよがり。
良心の呵責すら欠片も無いのだから、他人の苦悩の声が聞こえる筈も無い。
「……ホント――クズヤローだね」
「誰だっ!?」
今度は頭の中に入って来た声では無い。確かに聴覚から聞こえた声に、中村は“三体”に拘束されながらも、室内を見渡した。
しかし髑髏以外、他は誰も居ない――と思った瞬間、現れていく、闇から徐々に一人の少女が。
見覚えは――あった。前日、己が支配すると自惚れたスーパー内にて、やけに目を惹いた少女を。
「そっ……そんなっ!?」
何故かその少女が突然現れ、己の目の前に居る事実に中村は、驚愕に引きつるしかなかった。
「まさか……君がこんな事を!?」
中村の震える疑問の声が、目の前の少女へと向けられた。
俄には受け入れ難い事実だが、他に考えようがない。
「そんな事……どうでもいいでしょ」
だがその少女――悠莉はその問いに、肯定も否定もしない。
執行中でも常に陽気な彼女だが、今回ばかりはその陽気さは欠片も感じられなかった。
只のゴミ――まるで汚物でも見るかのように、その誘蛾の如き輝きを持つオッドアイは、今は無機質に中村の醜態を見据えていた。
「サイッテーのクズヤロー……」
何処から取り出したのか、悠莉は右手にナイフを握り締めている。
「なっ……何をする気だっ!?」
その刃の意図を分かっていながら、中村は疑問の焦り声を上げた。
こんな夜更けの、しかも施錠した室内に、一般人の少女が“迷い込んだ”等の理由がある筈が無い。
それに己を取り囲む、この現実離れした異常事態。明らかに自分に危害を加えに来た事は、考える迄もなく明白ではないかと。
「どうせ消去しちゃうんだし……その前に、その薄汚いモノから消してあげるよ」
ナイフを片手に歩み寄りながら、悠莉はこれからの事の顛末を無慈悲に告げた。
「アンタのようなクズヤローに苦しめられた……皆の為にもね」
その銀色の刃が向かう先は――
「ひぃぎゃあぁぁぁ――っやめやめやめぇぁぁっ!!」
中村はその“真”の意図に気付いて、言葉にならない絶叫を上げた。
抗おうと身を捩るも、繋がったまま“三体”にしっかりと拘束され、身動き一つ取れない。
「いぎゃあぁぁぁ――っ!!」
動かせるのは、叫び声を上げる口だけだ。
「……皆も止めてって叫んだけど、アンタには聞こえなかったんだよ?」
悠莉は絶叫を上げ続ける中村の傍らに立ち、その醜い結合部分に狙いを定め――刃を掲げた。