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――そうだった。モデルの仕事が終わった俺は、夜の街に赴くつもりだった。
何の為だって?
“生理的現象”を解消する為だよ。
夜の街には俺という存在に惹かれて寄ってくる、飢えた雌共が腐る程蔓延している。
ナンパ? 風俗? そんな面倒で無駄な事をするのは、99%の愚かな凡人だけだ。
俺は街角や噴水の前に佇むだけでも絵画となる。そんな神々しい存在感に、まるで光に集まる習性のある蛾の様に、雌共は勝手にやってくるのだ。
そんな神が産み出した芸術である俺が、性欲処理に困るという事態は有り得ない。
経験値は多ければ多いほど良い。
二階堂玲人という高貴な存在が、更に磨かれ輝きを増す。
とはいえ俺の糧となる雌には、いくら馬鹿でも“それなり”でなければならない。
美女と野獣ならぬ、美男と雌豚など論外だ。俺の品位が下がる。
それにこれはある意味前哨戦だ。
いずれ俺に釣り合う、1%の理想の女性に巡り合うまでのな……。
さて、今日の俺を昂らせてくれる、踏み台となる馬鹿な獲物は――
*
俺はイルミネーションに彩られた街の喧騒をバックに、今日の俺に相応しいのを物色中だ。
やはり俺には夜の光が似合う。
道行く凡人共が目を留めずにはいられない。
『ねえ、あの人素敵じゃない?』
『ホント、格好いい……』
フム……やはり馬鹿しかいないな。
頭悪そうな雌共が、俺に熱い視線を贈っている。
俺が少しでも瞳を合わせ、天使の微笑みをあの雌共に向ければ、盛りのついた犬みたいに尻尾を振ってやってくるだろう。
馬鹿な連中だ。本能でしか行動出来ないのか99%は?
まあ仕方無い。
俺という崇高な存在の前では全てが霞む。
今日はそんな馬鹿しかいなさそうな夜の中――
「やっ……やめてください!」
俺は一つの叫びに耳を傾けていた。
か細いが明らかな悲鳴だ。
「良いじゃん、一緒に遊ぼうよ」
「そんな格好して誘ってんだろ俺らを?」
「うひひ、すげぇ上玉だぜ!」
耳障りだ。
典型的な下品な格好の、品性の欠片も無い口説き文句。
まだ絶滅してなかったのか……こういう人種は。
凡人以下の三人組みが、どうやら嫌がる女性をナンパというのも烏滸がましい行為の真っ最中のようだ。
それより俺の目を惹いたのは女の方だ。
胸元を強調した紫のスパンコールドレス。
そんな格好では馬鹿も寄ってくるだろう。
だがスタイルや立ちずまいからして、高階級のセレブだな間違いない。
俺の経験を上げるには、こういうセレブタイプが好ましい。
今日の獲物は決まった。
さて、釣りの前のゴミ掃除といくか――
俺は四人の下へを歩み寄った。
「あぁ!? 何見てんだテメェはっ!」
テンプレ通りの反応だな。分かり易い人種だ。
俺が神のナチュラルウォークで近付くと、奴等は露骨な敵意を剥き出しにしていた。
「用が無いなら消えろ! 殺すぞっ!!」
「女みてぇなツラしやがって!」
これは中性的と言うのだよ。顔のバランスまで醜い野蛮な下等生物共め。
「彼女、嫌がってるじゃないですか?」
三匹のゴリラの分かり易い生態に、笑いが堪えきれなくなりそうだが、ここは冷静に諭す。
暴力では何も解決しない。
ああ、相手が人間以外のゴリラなら話は別だがね。
「何言ってんだコイツ? 俺らに喧嘩を売ってるみたいだぜ?」
「ギャハハ! ヒーロー気取りかよイケメン君よ? むかつくからコイツ、リンチ決定な」
下品で醜い笑いだ。そろそろ正視に耐えないな。
喧嘩? そんな愚かな行為は野蛮人のする事だ。
「仕方無い……。まとめて相手しますよ」
これは喧嘩じゃない。
俺の一方的な演舞、神の戯れだ。
「やる気みてぇだぜコイツ?」
すっかりやる気満々のゴリラ三匹を前に、俺は両手をズボンのポケットに入れた余裕の体勢でリラックス。
格闘に於いても天才である俺に、構え等必要無い。
そんなの凡人がする事だ。
「知ってるか? 好奇心、猫を殺すってよ」
博学だな。ゴリラではなく、猿にランクアップだ。
人間になれる日も近い。努力しろ。
真ん中のゴリラ(やはりこの表現がぴったりだ)が滲み寄ってき――
「テメェみてぇな馬鹿の事だ! 死ねやっ!!」
モーション丸見えの、大振りの右拳を俺の顔に振り抜いてきた。
ーー人を倒すというのは、謂わば簡単な方程式だ。
迫り来る拳。
神の眼を持つ俺には、全てがスローモーションに見える。
要は――相手の打撃が届く前に、こちらの打撃を先に当てるだけ。
「――フゴォッ!?」
軽く突き出した俺の右掌底が的確にゴリラの顎先に触れると、醜い顔面は一瞬で白目を剥き、糸の切れた人形のように崩れ堕ちる。
こいつには何が起きたのか、理解すら出来ないだろう。
「なっ!? てっ……テメェッ!!」
続けざまにもう一匹のゴリラが、やはりモーション丸見えの右拳で殴りかかってきた。
進歩が無いから、やはりゴリラ止まりだな。
とはいえ第二宇宙速度にも達する俺の掌底は、凡人はおろか1%の天才にさえ、目に止まる事すら無いだろう。
「アペェアッ!?」
力等要らない。軽く小突くだけで、ゴリラはあっさり気絶だ。
俺がボクシングの道を選んでいれば、今頃は世界チャンピオンで防衛中だっただろう。
まあ、そんな野蛮なスポーツに興味は無い。
俺が目指すは存在のスーパースターだ。
「ひっ! ひぃぃぃぃっ!!」
仲間があっさりオチたのを目の当たりにし、最後のゴリラが間の抜けた悲鳴を上げた。
残り一匹、こいつには己の分際というものを理解させてやろう。
俺は残像すらも発生させる踏み込みで、固まっているゴリラの前に起つと、握り込んだ右の神拳を軽くその鳩尾に打ち込む。
「うげぇぁっ!!」
その瞬間、身体を大袈裟に九の字に曲げて、アスファルトへダイブしたゴリラはのたうち回り、残留物の混じった胃液を撒き散らしていた。
汚いな。これを掃除する人の身を考えると、いたたまれない気持ちになる。
やはりこいつには懺悔が必要だ。
「人様に迷惑をかけてはいけないよ」
俺はのたうつゴリラの右腕を、この芸術的に長い脚で踏みつけた。
「ひぃっ!!」
ゴリラの癖に、瞳に驚愕と恐怖の光が宿っている。
人間様の真似をするなど100年早い。ああ、その頃には生きていないか。
来世に期待した方がいい。
「まっ……待ってくれ! 話が違うっ!!」
それは話も違うだろう。
お前達は多数で群れて、俺を侮っていた。
「これは野獣である君の為だよ」
まあこのゴリラに改心は望めないが、腕を折られれば暫くは懲りるだろう。
「やめてくれぇぇぇ!!!!」
俺は断腸の思いで、遠慮無く足下に力を入れる。
「ぎぃやあぁぁぁぁ!!!!!!」
刹那、“ゴリュ”という鈍い音と共に、ゴリラの絶叫が響き渡った。
五月蝿い。悲鳴だけは人間並だな。
俺は決してサディストではないが、相手の骨を折るという感触は、何時実感しても悪いものではない。
それにこれは単なるゴミ掃除だよ。世の中に害しかないゴミは、掃除しないと汚れるだろ?
慈善活動も積極的に行うべきだ。皆が嫌がる事もしてこそ、特別である1%の一環なのだから。
早々に気絶した二匹も、ついでに折っとくか。群れには連帯責任がある。
俺は残り二匹にも責任の重大さを身体に教授し、これにてゴミ掃除は完了した。
「いぎゃあぁぁぁっ!!」
「いてぇよおぉぉぉっ!!」
意識を取り戻したのか、三匹揃っての絶叫が煩いが、これも自分が蒔いた種だ。
その事をわざわざ俺が教えてあげたのだから、三匹には感謝の気持ちを持って欲しい位だ。
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