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地面に設置されたスポットライトのおかげで、思ったより足もとは明るい。
今泉さんが照らす懐中電灯の灯りによって、常緑樹と落葉樹が織り交ざる雑木がうっすらと姿を現す。
「立派なシダレモミジ……再来月には真っ赤に染まりますね」
ゆっくり歩く今泉さんに手を引かれ、野道を挟む数本のモミジの木を見渡す。
「俺、シダレモミジが好きなんだ。苗は柳さんに選んでもらって植えた。日本の庭には、四季の移ろいを感じられるモミジは欠かせないからね」
今泉さんは、深紅の彩りを待つモミジの葉を照らしながら微笑む。
「私の職場にも立派なシダレモミジがあるんです。大きな窓のすぐ目の前に植えてあるので、時々眺めてます。……ぼーっと、何も考えたくない時に」
「うん、分かるよ。ほんの一瞬の短い時間でも、それは自分にとって必要不可欠な時間さ。まさに、生きるエネルギーだ」
今泉さんは私へ視線を移し、目を細めて頷いた。
「このモミジが真っ赤に染まるのを見てみたい……」
私は今泉さんへ向けた笑みを、夜空へ手を伸ばす枝葉へ移し、夜風に流されて消えてしまいそうな小さな声でぽつりと呟いた。
「……」
今泉さんは黙って私の横顔を見つめると、
「いつでも見に来たらいい。一人で静かに物思いに耽りたい時、何も考えたくない時、辛い時、泣きたくなった時……いつでもおいで」
包み込むような柔らかな声で囁いた。
「今泉さん……」
彼の言葉に誘われたように、突然目頭が熱くなる。
私は彼の微笑みを見つめたまま、込み上げる思いに、お礼の言葉すら見つからず唇を閉じた。
「ここに橋があるから気を付けて。橋を渡ったら目的地はすぐそこだから」
今泉さんは私から視線を足もとへ移し、小さな木製の橋を照らした。
「はい……」
私は静かに頷き、今泉さんが灯してくれた明かりを頼りに、小川に架かる小さな橋を渡った。
小川を流れる水の音が遠ざかるのと同時に、正面の木々の隙間から新たな水音が聞こえてくる。
「亜紀さん、この時期に見られる蛍の種類は?」
目隠しをするかのように生い茂る雑草を前に、今泉さんが突然問いを投げ掛ける。
「えっ?」
思いがけない質問に驚き、伏せていた顔を上げた。
「えっと……ヘイケホタル……だったかな」
私は目をぱちぱちと瞬かせながら、やや自信なさげに答えた。
「さすが亜紀さん、当たり!
では、お待たせ致しました。今から俺の可愛いヘイケホタルたちを亜紀さんにご披露致します!」
そう言って満面の笑みを浮かべる今泉さんは、力強く私の手を引き、行く手を遮る草をかき分けて前へ進んで行った。
私は大きく一回深呼吸をし、黙って今泉さんの後をついて行く。
そして野道を抜けた瞬間、目の前に広がった世界。
それは、思わずため息が漏れるほど美しい、光の世界だった。
草木に囲まれた湖が、暗闇の中で青く浮かび上がる。
湖の中から夜空へ伸びる柳の枝葉は、風が吹くたびにゆらゆらと揺れ、月を映し出す静かな水面へ光を降り注ぐ。
「青い泉……夜空をおおう光の乱舞……」
この世のものとは思えない、神秘的な光に包まれた憧憬。
幻想的な世界に身も心も吸い込まれ、息もできず、その場に立ち尽くした。
「綺麗だろ?……ごめん、本物の蛍じゃなくて。全部イルミネーションで作り上げたんだ」
今泉さんは申し訳なさそうに鼻を軽く擦る。
「……これが今泉さんの大切な記憶?」
忘れていた呼吸を取り戻すように、言葉が漏れた。
「そう、これが俺の記憶。幼い頃に見た、俺の中の永遠の世界だ」
今泉さんは湖へ視線を移し、眩しそうに目を細めた。
「……」
光に包まれた……
永遠の世界……。
光を映す水面のせせらぎを感じながら、私はそっと瞼を閉じた。
「……がっかりした?」
今泉さんは少し不安げに私の顔を覗き込む。
「……ううん、違うの。ごめんなさい……言葉にならなくて。ありがとう……今泉さん……」
私はきゅっと瞼を閉じたままうつむき、大きく首を横に振る。
「……そうか。『言葉にならない』……最高に嬉しい言葉だ。気に入ってもらえて良かったよ」
今泉さんは私の横顔を見つめ、ふっと優しく微笑む。
「向こうに座れる所があるから。行こう……亜紀さん」
今泉さんは私の頭を優しくぽんぽんと撫で、ぎゅっと繋いだ手を引いて歩き出す。
私は滲んだ涙を今泉さんに気付かれないよう指でそっと拭い、彼の大きな背中を見つめて頷いた。
コメント
1件
読了しました。このエピソード、本当に美しかったです。何より「言葉にならない」という亜紀さんの台詞が、今泉さんにとって「最高に嬉しい言葉」になるというやり取りに胸が熱くなりました。イルミネーションで作られた蛍の湖も、四季の移ろいを感じさせるモミジの描写も、すべてが今泉さんの「大切な記憶」という設定にしっかりと根ざしていて、世界観がぐっと深まっている印象です。亜紀さんの涙をこっそり拭う仕草も、今泉さんの背中を見つめる視線も、感情が細やかに描かれていて、読みながら一緒に息を呑みました。素敵な回をありがとうございます。