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【二○一三年 十月】
「玲那さん、俺はあなたの努力家な一面に何度も心を奪われていました。この人になら身も心も何もかも捧げたいと思ってしまったんです。ですからどうか、俺に…あなたを守らせてはくれませんか?」
東京の六本木近くに聳え立つ夜景が煌めく摩天楼の最上階で
外資系のスーツ姿で床に膝を着いた彼は
ひらひらとしたワンピース姿でベッドに腰掛ける私の前に、漆黒の箱に入った指輪を見せてきて、決死の表情でそう告げてきた。
彼の名は|天宮一颯《あまみやいぶき》
5年前、私の働く会社に先代社長の跡取り息子としてコネ入社で就任してき、中学生時代の同級生である双子兄弟の弟さんの方だ。
久方ぶりの再開に胸が踊った。
同部署で働く私は彼の教育係を任されたわけだが、彼は仕事を覚えるのがとても早く、よく助けられていた。
昼食を摂るときも一緒になることが多かったが、やはりイケメンでエリートな彼と仕事が出来るだけの社畜のような私では傍から見ても不相応だった
それぐらい嫌でも理解出来てしまった。
それから部下の女の子の私への態度があからさまに悪くなり、仕事を押し付けてくることも多々あって残業をすることが増えていたが、そんなときも彼はわざわざ一緒に残って仕事を手伝ってくれたのだ。
『その、一颯くん?これぐらいすぐ終わるからわざわざ残って手伝ってもらわなくても…っ』
私が申し訳なくそう言うと彼は言った。
「俺は…部下も上司も同僚も、支え合って心地よく仕事をするためにいると思うんです。…だから、玲那さんが背負わなくていい仕事までしているのをじっと見てる暇があるなら、少しでも力になりたいので」
堂々としていて、暖かいその言葉に胸を打たれた。
下の名前で呼ばれたのは中学生以来か、
その瞬間、少しだけ心が軽くなった気がした。
でもそんなある日の夜、一颯くんに外食に誘われ、その帰りに交際を申し込まれた。
正直嬉しかった、けれど素直にOKはできなかった。
私のような普通の人と付き合ったと会社に知られれば後ろ指を刺されるという考えが頭を過ってしまった。
私だけでなく、彼まで他の社員から白い目で見られてしまう可能性を恐れ、ごめんなさいとだけ言ってその場から逃げるように走り去った。
ただ、その会話を聞かれていたのかどうなのかは分からないが
その翌日会社に行くと、部下の女の子に
『玲那さんったら、一颯くんに〝私と付き合え〟って脅したんですよねー?さすがにきもくないですか』と鼻で笑われ、責められた。
でもそんなとき、彼は私を庇うように私と彼女の間に割って入ってきて
『仕事を押し付けておきながら、そんな酷い言葉で彼女を責めるなど言語道断、立派なパワハラになりますよ。……それに、交際を迫って彼女を困らせたのは私の方です』
他の社員にも筒抜けだというのに、恥も外聞もなくそう言い放つ彼に、思わず泣いてしまいそうなほど心を奪われたのを覚えている。
────そんな彼に今、プロポーズをされているのだから、無理もない。
気付くと生暖かい涙が私の頬を伝っていた。
しかし彼はそれをも指先で拭って、笑顔にさせてくれる。
私はそんな彼を見つめ返しながら、やっぱりこの人を選んでよかったなと再認識し、一言返事で答えた。
「はい、喜んで…っ」
そう答えると彼はホッと胸を撫で下ろして、緊張が解けたように言葉を漏らした。
「は~~~~っ…よ、よかった……断られたらどうしようかと思って、めっちゃドキドキしてたんだ…」
そんなことを言いながら、手で口を押える彼だが、赤く染まったその表情は隠しきれていなくて、思わずクスッと笑ってしまった。
「え、お、俺なんか変なこと言った…?」
彼の返しに、恋人になったときと反応が似てるなぁって思って、とだけ言ってまたフフっと笑を零すと
「あのときは、とにかく必死だったんだ…」
純粋でいて濃艶なその瞳に、あの頃のことが懐かしくなる。
確かあれは丁度、社会人2年目にして彼と一緒にプロジェクトに関わることになった冬のこと────。
とある商社のプロジェクトチームのメンバーとして抜擢された私は、そのチームの統括者である天宮一颯と一緒に仕事をするようになっていた。
そのため二人で会う機会も必然的に多くなり、初めは優秀すぎて遠い存在に感じていたが、次第に彼のユーモアさや気遣いに気付き始めた。
元々私は北海道に住んでおり、上京と共に東京に引っ越してきたわけで仕事面以外でも不安はあった。
でもそんなときに彼が、休日にわざわざ時間を割いてオススメの喫茶店や、時間が無いときにでも空いている飲食店など、行きつけの猫カフェなんかも教えてくれたのだ。
猫カフェに一緒に行った際、彼は慣れたように
「あっいたいた、この子だよ」と言って、ソファに体を丸めてソファに沈んでいる子猫の顎に指を滑り込ます。
すると子猫は大きな欠伸をするように口を開けたかと思うと、ゴロンっと仰向けに寝転んで、彼の手を受け入れるようにお腹を見せていた。