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二対二で遊びに行く約束を翌日に控え、俺は非常に悩んでいた。
何を着て行くかということに。
クローゼットの中には、似たようなアウターやインナーばかり。
悩んだ俺はベッドに転がって、アパレル店員やおしゃれな一般人がコーディネート写真を投稿するスマホアプリを開いた。
「シンプルで清潔感がある感じが女子ウケするっていうよな」
セーターからシャツの襟を出すとか、育ちがよさそうなやつ。
派手さはなくても、印象はよい。古着カジュアルとか難しい組み合わせはよくわからないし、この方向でまとめ――
ふいにスマホが振動して、見ていたコーディネート写真に重なって通知が表示された。
春限定ドリンクを手に微笑む自撮りのアイコン。市花だ。
『ついに明日だね♡』
『楽しみだ』
『明日何着て行くか一時間も迷っているの。もしよかったらどっちが好きか教えてくれる?』
『わかった』
数分後、二枚の写真が送られてきた。
一つは胸を強調するぴったりニットにタイトなミニスカートという、いかにもギャルな組み合わせ。
もう一つはミニ丈のニットワンピースだ。
それぞれに違うバッグとアクセサリーを並べているから、市花はファッションへのこだわりがあるのだろう。
『ワンピースのほうがいいと思う』
『律君はワンピースのほうが好み?』
『好み、なのかな?』
『変な反応~』
『市花にはそっちが似合いそうって思ったから選んだ』
『そっか。律君が好きだって思う服を着たいから、これにするね』
俺はスマホの画面を三度見した。
市花は俺に気に入られようとしている?
今まで関わりは薄かったのに、何がどうしたのだろう。これは夢だろうか。
「俺の服も市花に選んでって言ったほうがいいのかな……」
けれども、選択肢がハズレだったときのことを考えて及び腰だ。
学校一の美少女に俺がそんなことやってキモイと思われても嫌だし。
「……はあ」
こうして俺は自己表現も好意をさりげなく伝えることもできず、溜め息を吐いた。
『わかった。それじゃあ明日な』
自分の不甲斐なさを情けなく感じながら、メッセージを送った。
既読はすぐについたのに、市花からの返信はなかった。
「さっきのメッセージの内容が不快だったから返信がないのか……? あ~~~わからん!」
何が正解なのだろう。
クリスマス直後から三ヶ月。騙されていたとはいえ俺は緋咲と付き合っていたから、恋愛経験はある。
でも、わからないのだ。
「女の子って難しい」
緋咲のときも悩みはしたが、『付き合えるかもしれない』という期待値が今より低かったからなのか、ここまで苦しみはしなかった。
そしてLIMEでやり取りしていただけのときにいきなり告白されて、LIMEで回答して付き合い始めた。
今にして思えば不自然だが、当時は舞い上がってそこまで気が回らなかった。
当時市花に彼氏がいるらしいという噂を聞いても、『俺のことだぞ』と天狗になっていた。
それは勘違いだったわけだ。
何て情けない。何て恥ずかしい。
一人で悶々としていると、スマホが振動した。
市花からの返信だと思って、通知を見ずに開封すると――チンチラのアイコン。緋咲だった。
『セックスさせて』
何というストレートで完結な文章だろう。
俺は直視を避けたいあまり、画面に触れてLIMEのメッセージリストまで戻った。
緋咲のアイコンの横に『セックスさせて』というメッセージが表示されている。
その下には、市花のアイコンと俺が先程市花に送った『わかった。それじゃあ明日な』というメッセージが表示されている。
メッセージリストの上下で、緋咲と俺のメッセージがたまたまやり取りとして成立していて、シュールな光景だった。
俺は市花に上手く接することができない自分が嫌だ。おまけに緋咲にも強く出られないようでは自分にガッカリしてしまう。
覚悟を決めた――
『やっぱり、こういうのってよくないと思うんだ。女の子なんだし、自分のこと大事にしたほうがいいんじゃないのか?』
緋咲からはすぐに返信がきた。
文章はなくて、二枚の画像のみだった。
「!?」
一枚目を認識した瞬間、俺はスマホをベッドの上に放り投げて壁まで後ずさりした。
「こんなのいつ撮ったんだよ!?」
トランクス一枚という、あられもない姿の俺が写っている。隠し撮りされていたらしい。
乱れる心臓を必死でなだめてから、俺はスマホを手に取った。
二枚目は、緋咲のことを市花と勘違いしていた時代の恥ずかしいLIMEのスクショだった。
当時の緋咲の『セックスしてみたい』というメッセージに、『しよう! 俺が最高に気持ちよくさせて絶対にイかせてみせるから! で、いつする? 明日親いないけど家くる? ゴムも買っとくから安心して』というドン引きな文章を返している。
「俺キモすぎ!」
きっと舞い上がっていたのだ。
当時俺の友達はほとんど童貞だったし、自慢するために今すぐヤりたくて仕方なかったのだろう。
恥ずかしくて爆発しそうな心を平常に戻そうとしていると、緋咲からメッセージが届いた。
『この画像、手が滑って市花に送信するところだったわ』
俺は深呼吸した。
緋咲に会うのは嫌だ。高校に入学して市花と距離が縮まりさえしなかったら、きっぱり断っただろう。
けれども、今は中学時代とは違うのだ。
市花に遊びに誘われて、市花とLIMEしていて、市花が俺のものになるかもしれない。
緋咲との関係を我慢することと、プライドを守って市花を諦めること。どちらが今の俺にとって大切なことだろう――
俺はしばし画面を見つめてから、そっと指先で触れた。
『どこでいつ会うんだ?』
『一時間後に隣駅にこられる?』
『いいけど、駅前集合なんだな』
『私と一緒にいるとこ、知り合いに見られてもいいの? 付き合っているときから誰にも見られないようにしていたじゃない』
『中学のときは外じゃなくて親がいないときに俺の家だったじゃん』
『高校生になって使えるお金が増えたから行ってみたいところがあるの。とにかく後で』
『どこに行きたいわけ?』
俺のメッセージに、緋咲は既読すらつけなかった。
明日着て行く服とは違い、今着て行く服は三秒で決まった。
待ち合わせの十分前に到着したが、緋咲は先に着いていた。
その姿を見て、俺は息を呑んだ。
胸以外は市花にそっくりだったから。
陰キャスタイルの高校での姿とは全然違う、金髪のウィッグにギャルメイク。巨乳を強調するタイトなニットにミニスカートという服装で、スマホをいじりながら立っている。
スタイル抜群な超美少女という言葉がぴったりで、通り過ぎる男たちは皆緋咲に見惚れている。
「緋咲」
名前を呼ぶと、スマホの画面から顔を上げた。
俺を騙していたムカつく女なのに、顔を見た瞬間俺はとんでもなく照れ臭くなった。
認めざるを得ない。こいつは可愛い。
「行きましょう」
「だから、行くってどこに?」
「セックスしに行くのよ、決まっているでしょう?」
「お、おままま! そんなあからさまな名称を普通に出すなよ!」
「ふっ……照れているの? まあ、童貞卒業したばかりのピュアボーイだものね」
可愛いのは認めるが、やっぱりムカつく。
緋咲はスマホの地図で確かめることもなく慣れた足取りで歩き、数軒のラブホテルが並ぶ一角に辿り着いた。
「よくくるのか?」
「失礼ね。私は律とシた一回だけしか経験がないわ」
「は?」
嘘だろ? そんな奴がこんなに堂々とここにこられるだろうか。
俺は誰かに見られないか心配で、挙動不審になっているというのに。
「初めての証、律だって見たじゃない」
「あの後親に隠れてシーツ買い直すのが大変だった」
洗濯して薄くはなっても完全には落ちなかったのだ。
「ここがいいわ」
緋咲は数軒のうちの一つ、リゾート風の内装が売りのホテルを選んだ。
「ていうかホテル代って結構かかるんじゃ」
「今日は私が払ってあげる」
「でも――」
「いいから、ついてきて」
緋咲はフロントに入ると慣れた様子でパネルを操作し、部屋番号と『休憩』を選び、俺を気に掛けずさっさとエレベーターに乗ってしまった。
俺は置いて行かれないように慌てて追い掛けた。
正直、女の後ろにホイホイついていく自分のことをバカで情けなく感じた。
弱味を握られているとはいえ、もっと堂々とできないものだろうか。
部屋に入ると、緋咲がさっそく本題に入った。
「シよ」
ベッドの傍で、緋咲が服を脱ぎ始めた。
「おい、いきなりかよ!」
「早く、こっちにきて」
ランジェリー姿になった緋咲を見て、俺は息を呑んだ。
おそるおそる近付いたはいいが、どうしようか迷って少し俯くと、緋咲は俺を突き飛ばしてベッドに尻餅をつかせた。
反動でポケットからスマホが飛び出て、ベッドに転がったのと同時に振動した。
緋咲はスマホを取り上げて画面を確認して、俺に向けてきた。
「ふーん。市花と仲良くLIMEしているのね」
「まあな」
市花からの返信が今更届いたらしい。
『遅刻したら怒るからね! また明日♡』
という内容だ。
「語尾にハートもついているし、男として気に入られているみたいね。よかったじゃない」
「仮に気に入られていたって、どうなるかわからないけどな」
「あいつだらしない肉食女子だから。アピールしてきているところから察するにかなり有利だと思うわよ」
「市花はそんな子じゃない。悪く言うなよ!」
「モテるからって彼氏をとっかえひっかえしている女子高生がまともだとでも思っているわけ?」
「少なくともお前よりはまともだろ。なりすましなんてしないし」
「どうでもいいけど、契約はちゃんと守ってよね」
緋咲が、俺に跨った。
「ヤれば秘密にしてくれるんだろ?」
「ただヤるだけじゃつまらない。満足させて欲しいの」
「満足って言われても」
「初めての日みたいに最初から最後まで正常位もいいけど、色んな体位を試してみない?」
「は?」
緋咲が前屈みになった。巨乳の谷間が間近に迫る。俺は目を背けた。
「どうせAVをたくさん観ていて詳しいでしょう?」
「み、観てない!」
「嘘よね? 童貞のくせに流れやゴムをつける手順はスムーズだったもの」
緋咲が俺のズボンのチャックを下ろし、直に触れた。
「ふふっ。準備万端みたいね」
「~~~っ」
突き飛ばすわけにもいかず、俺は諦めて大の字になってベッドに身体を預けた。
「セフレなんだから、楽しみましょうよ」
緋咲が俺の耳元に顔を寄せて言った。
「バックとか、してみたくない?」
「別に。いつか彼女ができたらするし」
「普通の女子高生の彼女は色んな体位をさせてくれないと思うわよ。私ならシックスナインとか、もっと変態なやつもしていいのに」
「そんなんしなくていいし」
「私がしたい体位はしないと、市花にバラす」
「その条件は……聞いて……ない……」
顔を緋咲に向けると、あまりにも市花にそっくりで言葉を続けられなかった。
そのままキスされて、もっと何も言えなくなった。
全てが終わりベッドに伸びていると、バスルームに行っていた素っ裸の緋咲が戻ってきた。
「お風呂のお湯が溜まったから、一緒に入って」
「もう何でもいい……」
「ラブホテルって凄いわよ。ジェットバスだし、色んな入浴剤もあるわ」
「おー……」
言う通りにしてバスルームに行き、湯に浸かった。
広さ的に仕方ないのと、ついでに顔も見たくなかったから、俺がバックハグする体勢だ。
髪が濡れないようにまとめてアップにしている緋咲の、白くて綺麗なうなじが見えた。
こんなのまるで、恋人同士みたいだ。
「ねえ、また大きくなってる」
「……」
「さすが十五歳。回復が速いわね」
「年上のは見たことないくせに、よくそんなことが言えるな」
「もう一回する?」
「……」
本音を述べれば、シたい。
俺は健全な男子高校生だ。
好きな子でなくても、反応する。
でもここで『シたい』と言うのは負けな気がする。
「ねえ、さっきの、気持ちよかった」
急に緋咲が俺の指に自分の指を絡めて、ボソッと言った。
甘えるような素振りに、ふと容姿ではない部分でこいつのことを可愛いと思った。
よくわからない言動で振り回してくるが、こいつもきちんと話せば結構可愛げがあるんじゃ――
「そこにある面白い椅子を使えばもっと気持ちよくなるかしら? 律をあえがせたいけど使うのは次回きたときね」
何となく現実に引き戻された。
こいつはチャラくて性欲が強くて、俺を支配しようとする悪い女だ。
情に呑まれてはいけない。
「今日は疲れた」
「人生で二回目だものね」
「お前もな」
「近いうちにまた誘うから、AVで勉強しておいてね」
「……」
こいつはマジで、何なんだ。
セフレが欲しいだけなら、いくらでも見つけられるだろ。
「緋咲」
「なあに?」
「どうして市花のフリをしてたんだ?」
初体験の後、俺は怒りに任せて事情を聞かずに家から追い出したから知らない。
「どうしてかしらね」
「理由があるだろ?」
理由なく他人になりすまして処女を捨てられるとは思えない。
「あえて言うなら、暇つぶしかしら」
「暇つぶし?」
「人生ってつまらないから。律もそう思わない?」
「は……?」
まだ十五歳のくせに何を言っているのか。
「スクールカーストの順位で生活が変わるとか、親の干渉とか、面倒くさいことばかり。この環境で向上心を持てる人は生きるのに向いているわよ」
「よくわからないけど」
「律は生きるのに向いている人ね」
「はあ~?」
自分が生きるのに向いているかなんて、生まれてから一度も考えたことがない。
「スクールカースト上位になって恵まれた環境で高校生活を送りたいからって、鈴方君に目をつけた目ざとさと、器用に立ち回って本当に鈴方君の友達になった完遂力。これで向いていないなら誰が向いているというのよ?」
「意味がわからん」
すっかり話が脱線してしまった。
もっと食い下がってもいいのだが、緋咲の機嫌を損ねると『市花にバラす』と言われそうで――怖かったというのが本心だ。
だから俺はそれ以上何も聞かず、『暇つぶし』の意味についてグダグダと考えた。
「セックスしていると一時的でも退屈を忘れられるからいいの」
その発言で、俺はどれだけ考えても『暇つぶし』の意味はわからないかもしれないと感じた。
風呂から上がった俺たちは、ラブホテルを出た。
一緒に帰ると言われたらどうしようと思ったが、緋咲は寄り道をすると告げて駅とは別方向に歩き出した。
俺は緋咲にどこへ行くのかと尋ねずに、一人で駅に向かった。
自宅の最寄り駅に到着したときには、二十時の少し前になっていた。
「やべっ」
急いで帰らないと。
俺の両親は共働きで、二人とも土曜日は二十時過ぎに帰宅する。
正式に門限があるわけではないが、両親より遅く帰ると何をしていたのかしつこく尋ねられて面倒くさい。
今日は両親には後ろめたい内容の外出だから、変な態度を取って訝しがられそうだし、何としても先に家に帰りたい。
大通りに出て小走りで家に向かっていると、今一番会いたくない人物に遭遇してしまった。
「律君」
「い、市花!?」
市花はコンビニのビニール袋を持ち上げて笑顔を見せた。
「醤油買いにコンビニに行った帰りなの。律君も買い物?」
「俺は何となく駅前の本屋に行った帰りで……」
口から出まかせを言った。
「本屋さんに行ったのに、本買わなかったの?」
「う、うん。欲しい本がまだ入荷していなかったみたいで」
「へー。どんな本? 小説? 漫画?」
「ま、漫画」
「どういう漫画?」
「そ、そんなことより、明日は楽しみだな!」
これ以上掘り下げられると墓穴を掘りそうだから、話題を変えた。
「うん。律君が選んでくれたワンピースで行くね」
「京次郎に聞いたほうが参考になるんじゃないか?」
「ううん。律君の意見を知りたかったし、それに京次郎君の連絡先は知らないし」
「え!? そうなの!?」
「うん。ねえ律君、途中まで一緒に帰ろう?」
市花が俺のセーターの袖をギュッと掴んで身体を寄せてきた。
つい先程まで緋咲とくっついていたから、匂いがついているかもしれない。
慌てて市花の手を振りほどくと、市花が硬直した。
「ご、ごめん。汗かいてるから恥ずかしくて」
「そっか。気にしなくていいのに」
市花が微笑んだ。
可愛いが、今の今だから直視できない。
「途中まで……一緒に帰ろうな」
「うん!」
俺が歩き出すと、市花もついてきた。
「明日ね、行ってみたいカフェがあって――」
「うん……」
無邪気に話す市花を尻目に、俺は罪悪感でいっぱいだった。