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するとすぐに、専務に「乾さん」と呼ばれた。
「凱人と知り合ったのは昨日なんだって?」
「はい」
「きみの方から声をかけてくれたって」
「はい」
「凱人の部屋、マンションの二十階だって、聞いた?」
「……いえ」
急に話が変わる。
「夜景が綺麗だよ」
「……はぁ」
「行ってみたくない?」
「……まぁ」
質問の趣旨がわからず、私の返事も曖昧になる。
「あ、俺の部屋の方が高層階だし広いから、来る?」
「え? いえ」
企業の専務ともなれば、若くてももっと厳しい人なのかと思っていたが、随分と気さくな方だ。
社員を自宅に招待するって……懇親会的な?
「マンションに入ってるBar、住人しか利用できないのに結構人気らしいんだけど、興味ない?」
映画やドラマでセレブが集うBarを想像した。
そして、そこにちんちくりんな自分を載せて、笑えるのを通り越して惨めになる。
「すごいマンションなんですねぇ」
それよりもと、残っているお寿司を頬張る。
隣で、黎琳さんがクスッと笑った気がした。
「専務、先ほどから自慢話ばかりですよ。折角ですから乾さんのお話を聞いては?」
秘書の言葉に、専務が鋭く彼女を睨んだ。が、黎琳さんは少しも気にしない様子でお茶をすする。
そして、私を見て微笑んだ。
「乾さん、自社の重役と気軽に話せるなんてそうあることではありませんから、聞いてみたいことなどありませんか? 今なら、プライベートなことも答えてくださいますよ」
「はぁ……」
そう言われても、何を聞けばいいのか。
見ると、専務は私の質問を待ち構えている。
「じゃあ、あの、黎琳さんはハーフとか、ですか?」
聞いた瞬間、専務がポカンと口を開けた。
自分への質問がされると思っていたのだろうが、思いついたのがこれだった。
名前を聞いた時から気になっていたから。
「クォーターです。正確にはちょっと違いますが、祖母が中国系なので」
「そうなんですか。すみません、踏み込んだ質問をしてしまって。以前見た映画に出てくる中国の女優さんみたいだなと思ったものですから」
その女優さんは確か、映画が公開された年に、世界で最も美しいアジア女性に選ばれた。
「まぁ、光栄です」
「あ、じゃあ、鴻上さんもですか?」
「いえ。凱人とは父方の従姉弟ですが、私の中国系の祖母は母方なので、凱人は純粋な日本人です」
「そうなんですね」
「系統は違うが凱人も黎琳も目立つからな。親戚で旅行に出かけた時は、映画の撮影か香港マフィアかと思われたらしい」と、専務が言った。
「わかる気がします。香港マフィアについては映画でしか見たことがありませんが」
「ははっ」と専務が笑う。
その表情が、ほんの少しだけ鴻上さんに似ているような気がした。
「凱人に至っては、女性にストーカーされることも多いしな」
「専務! その話は――」
「――善意で人助けをしてつけ回されるなんて、運が悪い。お陰で三十を過ぎてもまともな恋愛をしたことがないらしい。いくら王子様のようだともてはやされても、残念過ぎるな」
鴻上さん自身、自分は『残念王子』と呼ばれていたと言っていた。
その所以は、専務が言ったような事情からなのだろうか。
「イケメンはイケメンでも、極上すぎると苦労なさるんですね」
「え?」
「え?」
専務と黎琳さんの声が重なる。
「極上なイケメンさんに優しくされると舞い上がってしまう女性の気持ちもわかりますが、隣に並ぼうと思えるなら、きっとその女性も自分に自信があったんでしょうね」
うんうんと頷きながら咀嚼を繰り返していたが、気づけば最後の一貫だった。
箸を置き、お茶を飲み干し、両手を合わせる。
「ご馳走様でした。とてもとても美味しかったです」
「ああ……。それは良かった」
今夜は、このお寿司の味を思い出しながら、サラダを食べよう。
「乾さんは、恋人はいらっしゃいますか?」
黎琳さんに真顔で聞かれて、思わず瞬きが早くなる。
「いません」
ここ数年、そんな質問をされたことはなかったのに、まさか一日で二度もされるとは。
そう思った時、ハッと気が付いた。
「あっ! えっ? 大丈夫です! 私はストーカーになんてなりませんから」
専務も黎琳さんも、鴻上さんから私の話を聞いて、優しくされた私が彼のストーカーになるのではないかと心配したのではないだろうか。
同じ会社の私がそうなってしまえば、社内で噂になってしまう。
それを心配して、こうして私の様子を探っているのではないか。
「私は身の程をわかっています。昨日今日と偶然が続きましたが、一事務員の私と専務補佐の鴻上さんが関わることはもうありません」
顔の前で両手をブンブンと振る。
「凱人は好みじゃない?」
「滅相もない! 私の好み云々に鴻上さんを当てはめること自体が恐れ多いというか。極上すぎて同じ人間かと思うくらいです」
なんなら、両手を組んでお祈りしたいくらいだ。
「いや、けど、あいつ相当残念だよ? 運動会でリレーの選手になったのに、バトンを受け取り損ねて転んで骨折するし、修学旅行の前日に熱を出すし、バレンタインに貰ったチョコを食ったら三日も寝込んだし。珍しく本気でいいなと思った女は、実はヤクザの女で風俗で働いてて、美人局目的で近づかれただけだったとか」
確かに不運だ。
だが、誰でも、大なり小なりそういった残念な経験はあると思う。
最後の女性に関しては同情するが。
「さっきみたいに自分の足に絡まって転んだり、缶の蓋を開けたことを忘れて思いっきり振ったり、他人の結婚式で新婦の父親以上に泣いたりする男だぞ?」
なるほど。
だから、『残念王子』か。
コメント
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意外な人格に親近感が湧きました😊