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第一話
ファイルの角が、少しだけ擦り切れていた。
何度も開かれた形跡はない。むしろ、その逆だ。
触れられないまま、長い時間を置かれていた——そんな感じがした。
「これ、俺が見るやつじゃなくないですか?」
軽い調子でそう言うと、向かいの席に座っていた先輩捜査官は、コーヒーを一口すすってから答えた。
「研修の一環だ。気にするな」
「未解決って書いてありますけど」
「字が読めるなら十分だろ」
会話はそれで終わり、という態度だった。
つれない。けど、こういう人だということは、もう分かっている。
俺は肩をすくめて、ファイルを開いた。
——20××年3月27日
発生時刻、16時45分
その数字を見た瞬間、なぜか胸の奥が引っかかった。
「……先輩」
「なんだ」
「この事件、現場きれいすぎません?」
写真を指さす。
争った形跡はない。侵入の痕跡もない。
なのに、結果だけがはっきりと書かれている。
被害者 一名。
死亡確認。
「記録通りだ」
先輩はそれだけ言った。
「いや、だからこそ変じゃないですか。偶然にしては——」
「深く考えるな」
ぴしゃりと遮られる。
「未解決事件なんて、そんなもんだ」
俺は口を閉じた。
でも、視線は自然と時刻欄に戻ってしまう。
16時45分。
なぜだろう。
この事件は、もう終わっているはずなのに。
なのに——終わっていないような気がした。
その時、デスクの電話が鳴った。
先輩が受話器を取る。
数秒、無言で聞いたあと、ゆっくりと立ち上がった。
「……分かった。すぐ向かう」
受話器を置く音が、やけに大きく聞こえた。
「現場だ」
「え、もうですか?」
俺が時計を見る。
16時44分。
先輩は一瞬だけ、その文字盤から目を逸らした。
「行くぞ」
理由は聞けなかった。
聞かせてもらえなかったのかもしれない。
ただ一つだけ、はっきりしていた。
——この時刻を、俺は一生忘れない。