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——これは、焔がオウガノミコトの手によって異世界へ放り出された日から、数ヶ月程先のちょっと特別な日のお話である。
「あけましておめでとうございます」
『明けましておめでとうございます、主人』
「おめでとうっす!めっちゃ晴れて、いい感じの新年になりましたねー!」
リアンとソフィア、そして五朗の二人と一冊が焔に向かって新年の挨拶をする。それに応える焔は、ちょっと改まった顔をしながら軽く頭を下げ、「もう明けたのか。おめでとう、二人とも」と返した。
「そんな時期なんだな。この間クリスマスイベントが終わったばかりなのに、もう正月なのか。時間の流れは本当に早いな」
『そうですねぇ。長く生きていても、この時期はいつも以上に流れが早いなぁと感じます』
「わかる、わかるっすよ。部屋に篭ってるだけだった自分も、んな感じでしたから」
洋書の姿故、変化する表情は無くとも声の感じからしみじみと浸っている事がわかる。激しく同意する五朗の事をソフィアは見事にスルーしていたが、いつもの事なので誰も気にしてない様だ。
「クリスマスがアレだったからな、今回は『鏡餅が大暴れして、蜜柑を投げつけて倒す』とか、そんなお祭り騒ぎでもするのか?」
クリスマスイベントの事を思い出し、どうせ今回も馬鹿騒ぎをする予定だから一緒に行こうと言うのだろうなと焔は覚悟を決めた。なのに、だ——
「え……何ですかソレ」
リアンがスンッと冷めた顔をし、ちょっと体を引く。
「いやいやいや、そんな冷めた反応をされるとか、むしろこっちが引くわ」
「え、でも自分はちょっと参加してみたいっす」
『では、お正月は何か特別なイベントがあったりはしないのですか?』
「そうですねぇ、宅配ボックスにお年玉的に色々な素材が届いたりはしますが、これといって何も。自宅でのんびり寝正月といった過ごし方が一般的かもしれません」
「……まぁ、そうか。オウガノミコトだってこの時期は大忙しで、異世界にまで気を遣ってる暇は無い、か」
『確かに』
焔とソフィアが、うんうんと頷き合う。二人の主人的立ち位置であるオウガノミコトは神社で主神を勤める身だ。年始は初詣があり、焔の予想通り、異世界の事まで気を遣っている様な暇は無いだろう(まぁ、そもそもこちらのイベントに彼が関与しているのも不明なのだけども)。
だけどリアンと五朗には二人の会話の内容が分からず、首を傾げた。
「じゃあ、年始はのんびりできるワケか」
「えぇ、そうなりますね」
『いいですねぇ、そういうお正月も』
「結局は、それが一番なんすよねぇ」
「ご馳走でも用意しましょうか?」
『街まで行ってみてもいいかもしれませんよね』
「じゃあ、茶でも飲みながらどうするか話し合うか——」
「本日もお疲れ様でした、焔様」
寝衣に着替え、ベッドに向かってぽすんっと飛び込む焔に対してリアンが労りの声をかけた。結局三人と一冊は外へ出掛けたりはせず、拠点でのんびりする事を選んだ。ご馳走などを用意したりもせず、ちょっとのお菓子を用意して、ゆっくりそれを食べながら話をして過ごしたのだ。
会話を楽しむ事は嫌いではないが、話題に事欠かないというタイプではない為、焔は聴き手一辺倒に。
「正直……疲れた」
くたりとする焔の傍らに腰掛け、彼を労るみたいに頭を撫でる。優しい手つきで撫でてもらえ、ちょっと気持ちが解れていった。
「すみません、沢山話し過ぎてしまいましたか?」
「まぁ、そうだな。五郎はいつもアレだが、ソフィアも割とお喋りな方だから随分と盛り上がっていたな」
「焔様は後半はほとんど聞き手に撤していましたね。お暇だったのでは?」
「そんな事はないぞ。ないんだが、ずっと似たような体勢で座っていたせいだろうな、意味も無く不疲労感を覚えたのは」
「なるほど。では動いた方がいいですね、そういった時は——」
リアンの言葉を聞き、焔の中で嫌な予感が生まれる。 おい、まさか……と思いながらゆっくり振り返ると、ニコニコと笑っていて、両手を広げて抱きついてくる一歩手前といった状態になっていた。
「姫初めといきませんか?焔様」
姫初め——それは、一般的にその年初めて夫婦が性交をする事を指す。なので、夫婦でもなければカップルでも無いこの二人には全くもって関係の無い言葉だ。なのだが——
(やっぱりそうきたかぁぁぁぁぁぁ)
そう頭の中では叫びつつ、でも淡々とした声で「断る」と焔がキッパリと言う。でも一度スイッチの入ったリアンが止まるはずがなく、息を荒げ段々と近づいて来た。
「いや、無理——」と言う声は、口を手で塞がれて続きを言わせてもらえない。
「ングッ!ンンンーッ」
「ちょっと黙っていて下さいね、焔様。あまりに騒ぐと、隣の部屋から五朗やソフィアさんが何事かと様子を見にやって来ちゃいますよ?」
「——っ!」
それだけは絶対に嫌だ、と 予想通り急に黙った焔に向かってニコッとリアンが微笑みかけた。
「いい子、いい子」と頭を撫で、その手が徐々に鎖骨の方におりていく。熱っぽい、高揚感に満ちた瞳で見詰められ、ドクンッと焔の心臓が激しく跳ねた。もうこうなっては、彼を止めることなんぞ到底無理なので、もう流されるしか道は無い。
「じゃあ、始めましょうねぇ」
ペロッと唇を舐める仕草さえも焔の心をざわつかせる。新年早々、強制的に仲良く睦まじく、カップルでも無いのに新年早々眠れぬ夜から始まりを迎えたのであった。
【お正月[リアン×焔]・完結】
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