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それから5日後の土曜日──…
朝から胸の奥がざわついて落ち着かない俺は
折り入って相談したいことがあると言って瑞稀くんをいつものカフェに呼び出していた。
普段なら休日の昼下がりにわざわざ誰かを呼び出すようなことはしないのだが
このモヤモヤとした感情は一人では抱えきれないほど膨らんでしまっていた。
瑞稀くんは、いつものように気だるげな様子で現れ、ストローでカフェラテを混ぜながら、テーブル越しに俺に視線を向けた。
「で、なんなの?俺に相談って」
彼の声は少し眠たげで、俺の緊張とは裏腹に
まるで日常の一部であるかのように聞こえた。
俺は目の前のカップの縁を指でなぞりながら、深呼吸をしてから改まって口を開いた。
「その、恋愛相談っていうのかな…瑞稀くんって将暉さんと付き合って長いんだよね?」
そう切り出すと、瑞稀くんの表情にわずかな変化が見られた。
少し眉をひそめ、興味と警戒が混じったような視線が俺に向けられる。
「……まあ、1、2年は経ってると思うけど、なんで?」
その問いかけに、俺はさらに言葉を選びながら続けた。
「その、聞きたいんだけど」
俺が言葉を濁していると
瑞稀くんは急に鋭い光をその瞳に宿らせ、身を乗り出すように問い詰めてきた。
「…なに、犬飼となんかあったわけ?」
突然、図星を突かれたかのような言葉に俺は喉が詰まってしまい、反射的に視線を逸らした。
「…そういうわけではないけど、最近おかしいん
だ」
「おかしいって?犬飼が?」
瑞稀くんは少し面白そうに、しかしどこかからかうような響きを込めて聞いてくるが
俺は慌てて否定した。
「違うよ、おかしいのは…俺の方」
「あんたがおかしいのはいつものことでしょ」
瑞稀くんは呆れたように鼻を鳴らすが、俺はもうそれどころではなかった。
「…そうじゃなくて!仁さんの、視線とか、仕草に敏感になったり…最近、胸のあたりが、なんか……モヤモヤすることが増えて」
「うまく言えないんだけど…っ」
俺は困惑しきった表情で、心の内を絞り出すように語った。
瑞稀くんは腕を組み、真剣な眼差しで俺の言葉を聞き取るうとしてくれている。
「モヤモヤ?」
瑞務くんの問いかけに、俺はさらに言葉を重ねた。
「別に嫌な気持ちじゃないんだけど……なんていうのかな、仁さんといると、すごく安心するし、落ち着くんだ」
「もっと彼のことを知りたいって強く思うし、でも、その気持ちに名前をつけるのが、すごく怖いっていうか……な、なんか、俺また変なこと言ってるよね?」
俺がそう言って視線を下げると、瑞稀くんは呆れたように鼻で笑った。
彼の表情には、どこか呆れと同時に、全てを見透かしたような諦めが滲んでいた。
瑞稀くんはゆっくりとコーヒーを一口飲み
カップをソーサーに置いた後、深いため息まじりに続けた。
「アンタさ、それもう”好き”って言ってんのと同じだからね?…….ていうか、自覚してないのが逆にすごいわ」
「す、好き……?俺が仁さんのことを……?」
瑞稀くんの言葉は、まるで頭を鈍器で殴られたかのような衝撃を与え
俺は思わず声が裏返ってしまった。
自分の心の中に秘めていた感情が突然、日の光を浴びたような感覚だった。
瑞稀くんはそんな俺に、眉をひそめて問いかけた。
「なに、なんか違うの?」
「え、いや…確かに好きだけど、それは人としてっていうか……尊敬とか、友情みたいな意味で…」
俺は必死に否定しようとするが、その声は自信なさげに震えていた。
瑞稀くんはそんな俺の言葉を遮るように、核心を突いてきた。
「じゃあさ、仮に犬飼に彼氏彼女出来たらどう思うわけ?心からおめでとうって言える?」
その問いに、俺の思考は一瞬にして停止した。
仁さんに恋人ができる…その光景を想像しただけで、胸の奥がズキンと痛んだ。
「……それは…なんかイヤ、かも。想像するだけで、すごく嫌だ…」
俺がそう率直に答えると、瑞稀くんはまたしても深いため息を吐いた。
「答え出てんじゃん、それが好きってことでしょ」
「人として好きなら、相手の幸せを願えるし、こんなにわかりやすい感情なのに、本当にあんた鈍感」
瑞稀くんのストレートな言葉に
それまで複雑に絡み合っていた感情の糸が、まるで魔法のように解き放たれた気がした。
ストンと腑に落ちた感覚だった。
今まで自分でも説明のつかなかったモヤモヤの正体が、一瞬にしてクリアになったのだ。
俺は仁さんのことが恋愛的な意味で好きだったんだと、ようやく自覚することができた。
この衝撃的な事実に、心臓が激しく脈打つ。
「でも、好きっていっても……俺、仁さんとどうなりたいのかイマイチわからなくて。ただ好きというだけじゃなくて、その先に何があるのか、どうしたらいいのか…」
頭の中は喜びと戸惑いでいっぱいだった。
瑞稀くんはそんな俺の様子に、少し笑みを浮かべながら答えた。
「好きにも色々あるでしょ、結婚願望とか、番になりたいとか、ヤりたいだけとか。あんたが犬飼とどういう関係を築きたいか、それが重要なんだよ」
瑞務くんの言葉は、俺の頭の中を整理するヒントになった。
好きという感情の先にある、具体的な願望。
今になってわかったけど、そんなの決まってる。
俺は仁さんが好きで、できることならさんと付き合いたいし
特別って言われたいし…
そして何よりも、仁さんとなら、番になりたい。
「…一緒にいたいんだと思う。俺…仁さんと付き合いたいし、もっと言うなら番になりたい。他の誰でもない、俺が彼の唯一になりたい」
俺が覚悟を決めたような口調でそう言うと
瑞稀くんは呆れたような表情を浮かべながらも
どこか満足げに頷いた。
「やっぱそこね。まぁ、アンタらしいといえばアンタらしいけど」
「でも、俺、仁さんに特別って言われたことあるけど…どういう意味かイマイチわかんないし…俺のこと、どう思ってるのか……」
俺がそう言って首を傾げると、瑞稀くんは少し驚いたように目を見開いた。
「は?アンタまさか、まだ犬飼の好意に気づいてないとか言わないよね?あれだけわかりやすくアプローチしてたのに」
その表情には、じられないものを見たような色があった。
「好意?」
「嘘でしょ……逆にすごいわ、鈍すぎでしょ」
瑞稀くんは呆れ果てたようにそう言った。
彼の顔には、俺の想像を絶するほどの驚きと困惑が浮かんでいた。
俺は訳がわからずに首を傾げるばかりだ。
「犬飼のやつ、こんな鈍感相手によく7ヶ月も片想いしてられるわ」
「え?どういうこと?」
瑞稀くんの言葉に、俺の頭はますます混乱する。
仁さんが、俺に片想い…?
「だーかーらー、犬飼のヤローはあんたが好きなんだよ!それも、あんたが気づかないだけで、7ヶ月も前から」
瑞稀くんは声を荒げて、まるで子供に言い聞かせるように言葉を区切って言った。
「えっ、仁さんが?!」
俺の声は完全に裏返り、カフェ中に響き渡るかと思うほどだった。
「逆にアレでなんで気づかないん??そういうのを世間的に“鈍感”っていうの、わかる?」
瑞稀くんは少し怒ったように、しかしどこか諦めたように言った。
仁さんが7ヶ月もそんな気持ちを抱えたまま俺のそばにいてくれたんだと思ったら、急に体が熱くなってくるのを感じた。
嬉しさと、申し訳なさと
そして少しの戸惑いが入り混じった複雑な感情が胸を満たしていく。
「俺どうしたら……」
全身の血が沸騰したかのような熱さと、高鳴る鼓動を感じながら
俺は瑞稀くんに助けを求めた。
そんな俺を見透かすように、瑞稀くんはクスッと笑って続けた。
「告ればいーじゃん、鈍感同士お似合いなんじゃない?」
瑞稀くんはそう言い放つと
もうこれ以上話すことはないと言わんばかりに
さっと席を立った。