仁の説明を聞き終えるとアクトはかなり驚いた様子で言った。
「え? じゃあそのメル友が松崎の元妻の可能性があるのか?」
「うん。子供の性別と年齢、事故が起きた時期が重なるな―とは思っていたけどそんな偶然はよくある事だろう? でも事故現場を聞いてそうかなと思った。まーそれもただの偶然かもしれないけどな」
「いやーなかなかそこまで重なる事はないんじゃないか?」
「やっぱお前もそう思うか?」
「うん」
そこでアクトがスマホで何かを検索し始める。
「何を調べてるんだ?」
「松崎についてのまとめサイトが結構あるんだよ。そこに松崎の結婚について何かないかなーって」」
「なるほど。結婚のニュースは消えててもそういう所には残ってるかもしれないな」
「うん。あ? これ、なんか書いてあるぞ……」
アクトは読みながら呟いた。
「結婚前に元妻が働いていた場所は銀座の画廊だってさ。そこで開催された個展で知り合ったんだとさ。どうだ?」
(画廊勤務? 綾子と一緒だ)
「どんぴしゃりだ。俺のメル友も以前画廊に勤めてたって言ってた」
「ビンゴだな。それにしても不思議な巡り合わせだなー。まさか同業者の元妻とか……まるで小説じゃないか」
「ホントだよな。まあでも100パーセントとは言い切れないし…だから画像を見て確認したいんだ」
「わかった、帰ったらすぐに雑誌を探してメールで送るよ。で? 彼女はどんな感じの人だったんだ?」
そこで仁は軽井沢へ行った事やそこで起きた事全てをアクトに話した。
「お前会いに行ったのか? 凄い行動力だな。それにしてもよく身元を突きとめたな」
「そこは俺の誘導尋問と推理力でちょろいもんよ。だてにミステリー作家はやってないぜ」
「でもさ、会ってちょこっと話した時は『神楽坂仁』としてなんだよな?」
「だな」
「うーん、なんかややこしいな。もういっその事メル友は神楽坂仁でしたって言っちゃえばいいじゃん」
「そうはいくか! 嘘を知った彼女が怒ってそこで終わりになったら困るじゃん」
「ふーん、お前は終わりたくないんだ」
アクトはニヤニヤしながら言った。
「ああ終わりたくない。一目惚れした」
「____マジか?」
「ああ参ったよ。想像を超える美女、まさに俺のタイプのど真ん中、性格も良さそうだし文句のつけようがない」
「マジかよー、とうとう仁にも春が来たかー」
「仁に『も』ってどーいう意味だよ。お前にはまだ春は来てないだろー?」
「それがさ、俺にも来たんだよ、春が!」
「?」
「お前にメル友が出来たって聞いて俺も登録してみたんだ、【月夜のおしゃべり】に」
「えっ? マジか?」
「うん。顔の知らない匿名同士のメール交換って結構楽しいよなー、ハマるハマる。やってみてお前の気持ちがわかったよ」
「驚いたな、まさかのお前がメル友って…。で、いいメル友は見つかったのか?」
「登録後すぐに二人とメールを始めてさ、一人はすぐに会いましょうって言ってきたから会ってみたけど全然駄目だったわ」
「会ったのか? それもすぐに? すげーチャレンジャーだなー、でも駄目って何が? タイプじゃなかったのか?」
「うーん、顔はまあまあ普通なんだけれど経歴嘘ついてたんだわ。だから即切った」
「経歴?」
「うん、最初丸の内の金融系の役員秘書って言ってたんだよ。だから会ったのに実際は無職! 平気で嘘つく女はNGだよな。いやーあれには参ったわ」
(ありゃ? 丸の内の秘書っていう経歴は『ここあ』と似てるな。でも確か『ここあ』は商社だったから金融系なら違うか……)
そこで仁は聞いてみる。
「ちなみにその女のハンドルネームは飲み物系じゃなかったか?」
「おーなんでお前わかるんだ? そう、確かに飲み物系だな。『ここあ』だったから」
そこで仁はビールをブッと噴き出す。
「おいおい汚いなあ」
「ごめんごめん」
「とにかくお前も『ここあ』からメールが来たら気をつけろよ」
「あ、ああ、わかったよ」
その時仁は悪い予感がして再びアクトに聞いた。
「ちなみにもう一人は?」
「それがさー仁ちゃん聞いてくれる―? もう一人はまだ会ってないんだけど会う前から盛り上がっちゃってさー」
「へー、そのパターンは俺と似てるな。で、どんな女なんだ?」
「それがさぁ、こっちも偶然飲み物の名前で『ミルクティー』って言うんだ」
ブッ
仁は再びビールを吹いた。吹いてすぐに慌てておしぼりでテーブルを吹く。
「お前何度も吹くなよ。俺の鰻にかかるだろー」
「ごめんごめん、ちょっとむせちゃってさ。で、その女の身元はちゃんとしてるのか? 仕事とかさ。『ここあ』みたいに詐称はないのか?」
「それがさぁ『ミルクティー』もプロフィールには会社員って書いてあったんだけどさ、メールを重ねるうちにちょっと違和感を感じてさぁ……で、ちゃんとお仕事してるんですか? って聞いたら無職だったんだよ」
(だろう? あいつは筋金入りのアイドルの追っかけだ)
「二人とも経歴詐称かよ。飲み物の名前がついた女は油断ならねーなー」
仁がそれ見た事かという顔をして答えるとアクトが慌てて言った。
「俺も最初はそう思ったよ。でもね、よく聞いてみると『ミルクティー』は今資格取得の為にお勉強をしてるんだってさ」
「ハァッ? お前騙されんなよ。それだって本当かどうかわからないぞ?」
「いや、大丈夫だ。実は彼女とはもう何度もオンラインで話をしてるんだ」
「ハッ? じゃあ何か? もうお互いの顔も知ってるのか?」
「うん、俺は眼鏡をかけて少し変装してるけれど『ミルクティー』はありのまま映ってた。超かわいい子だった♡」
「ハァッ? でも歳は結構いってたよな?」
「あれ? 俺『ミルクティー』の年齢お前に言ったっけ?」
「え? あ、うん、確か38歳だったよな?」
「そうそう、38なのに28にしか見えないんだ。もう超可愛くてキュートなんだー」
アクトは顔のニヤけが止まらないようだ。
「でも、しゅ…趣味とか合うのか? 38の独身で可愛い系っていったら絶対腐女子だろう?」
「あ、そこは平気。彼女はアイドルオタクなんだ。俺もどっちかって言ったらアイドルオタクだろう? だから全然問題なし。 逆に話が合う合う!」
(そうだった……アクトも少し前までは熱狂的なアイドルオタクだった、それも地下系の……)
ニッコリ笑って余裕の構えで答えるアクトを見て仁は深い尊敬の念を覚える。
(こいつマジでヤバいな、俺なんかよりも心が広すぎる、なんていい奴なんだ……)
その後は互いのメル友談議で盛り上がり予定時刻を大幅に過ぎて漸く食事会を終えた。
帰りのタクシーの中で仁はアクトの嬉しそうな顔を思い出す。
仁と同じでここ数年女っ気のなかったアクトがもの凄く幸せそうだったのを見て感無量だ。
(どんなところに『良縁』が転がってるかわかんねーな)
アクトから聞いた『ミルクティー』の印象はとても素直で純粋な女のようだ。
『ここあ』のように男漁りをしたりひねくれた面は一切なくアクトの話を聞いていると結構性格も良さそうだ。
だから仁は親友として二人をそっと見守る事にした。
(それにしても俺達いい歳をして一体何をやってるんだか……)
仁は窓の外に流れる景色を見ながらフッと笑った。
マンションに戻った仁はすぐにシャワーを浴びる。
風呂から出てキッチンで水をゴクゴク飲んでいるとアクトから週刊四季の記事が送られてきた。
記事は見開きで4ページに渡る。
そこには喪服姿の綾子と思われる女性が位牌を手にして霊柩車に乗り込む瞬間が写っていた。
目に黒塗りをされているがその雰囲気からは綾子で間違いなさそうだ。
仁は悲痛な表情でしばらくその写真に見入っていた。
記事を読むと綾子の父親は国内にいくつものホテルや旅館を経営するホテルグループのCEOだった。経済界ではかなり名の知られた人物のようだ。だから綾子に上品さが漂っていたのかと仁は納得する。
不倫相手との密会現場に孫を連れて行き挙句の果てに運転操作ミスにより可愛い孫を殺した娘婿に対し、綾子の父の怒りは相当なものだっただろう。おそらくその時点で隼人は内野家に出入り禁止になっていてもおかしくはない。
その証拠に葬儀の場に隼人の姿はなかった。
記事によると綾子の息子の葬儀は嫁の実家である内野家が取り仕切り、遺骨も内野家の代々の墓に納骨されると書かれてあった。葬儀の場に隼人の姿がなかったのは隼人の意志なのか、それとも違う理由からなのか? それについては書かれていない。とにかく夫婦二人の縁はその事故がきっかけにして途切れたようだ。
アクトは隼人の伯父が有名な国会議員であると言っていたが、今仁が調べたところによるとその国会議員は今裏金問題で厳しい状況にいるようだ。だからコネによって築いた隼人の地位も今後は危ぶまれるだろう。
(こんな酷い状況なのにあの男は全てを揉み消してシレッとテレビに出ているのか)
同じ男として仁は隼人に対し嫌悪感のようなものを覚えた。
(テレビにあいつが映る度、きっと綾子は辛い思いをしているのでは?)
仁はいたたまれない気持ちになる。
(でも彼女はなぜ軽井沢に移住したのだろうか? 息子の命の灯が消えた場所にいてあげたいとでも思ったのだろうか?)
仁はそう思いながら綾子にメールを送ろうとスマホを手にした。
コメント
8件
綾子さんの深い悲しみを知った仁さん…どうか綾子さんの心に寄り添っていてください🥹
仁さんに続き、アクトさんにもようやく春が!!!🌸😍💕💕 ミルクティーさんは意外だったけれど🤔 アイドルオタク同士で楽しく交流... 本当に良かったですね💖✨ そして 綾子さんの過去や 愛息の事故死の真相を知った仁さん、 今後 彼は 彼女に どのようにアプローチしていくのでしょうか⁉️ 傷ついた彼女の心を癒し、また幸せに向かって歩んで行けるよう 手を取り 導いてあげてほしいですね...✨👼✨ 大丈夫!✨彼は「神」だから、きっと🥺🙏🍀
あの男理人くんが出来たから責任を持って結婚したのかと思ってたら,結婚することにより綾子さんが持っている実家が自分のステータスに取り込めると思って結婚したのかと思えて来た…ほんと狡賢男‼️仁さんが事実を知ることによりあの男と不倫女の化けの皮を剥がして行って地獄の果てまで追い詰めて欲しい