テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
西の空が、まるで誰かの返り血を浴びたように、毒々しい朱色に染まっていた。
水の魔女「まずい。完全に日が落ちたわ」
焦燥感が胸を締め付ける。
『魔女は生涯、人を幸せにするために生きるべし』
その教義を守ることだけが、私のアイデンティティだった。
隣のカレンは箒の上で身を乗り出して、ケラケラと笑った。
カレン「いーじゃん少しくらい! あの山見てよ、特盛作ってやるからさ!」
水の魔女「……お断り。服も汚れるし、予定も乱れる。早く街の宿へ」
カレン「ちぇっ、相変わらずお堅いんだから!」
そう言うと、加速魔法で私を追い抜いた。
あの時、誘いに乗って足を止めていれば。
あんなことには、ならなかったのに……。
街に着くと、広場は混乱の渦だった。
「魔女だ! 魔女が出たぞ!」と罵声が飛び、一人の女性に石が投げつけられている。
カレンが箒を蹴り飛ばし、怒りの炎を瞳に宿した。
水の魔女「待って」
私は彼女の腕を、氷のように冷たく掴む。
水の魔女「今は衆人環視の中。まず宿で荷を解き、状況を整理してから動くべき」
夜更け。扉を叩く音が響く。
少女「……助けて。お母さんが、殺されちゃう……」
古びた向日葵のお守りを握りしめた、透き通るような少女が立っていた。
水の魔女「大丈夫。私たちが、必ず助けるわ」
私は彼女を抱きしめ、冷え切った体温が胸に刺さった。
そして、氷雪の魔女の元へ転移させた。
地下牢で捕らわれた人々を救い出すも、母親はどこにもいない。
水の魔女「次は、処刑場よ!」
胸騒ぎが止まらない。
辿り着いた広場は、人間の悪意を煮詰めた地獄だった。
私は吐き気を堪え、蹲る。
カレン「見なくていい! 私の後ろにいろ!」
震える声に、普段のお転婆な彼女の影はない。
私たちは、最後に残る広場の中央に来ていた。
そこには、石畳に染み付いた、生々しい紅い痕。
灰とすみばかりが残っている中に一人の女性が横たわっていた。
駆け寄って手をかざしたが、もう、温もりは一切なかった。
女性の指は、何かを強く握りしめていた。
震える手でそれを開くと、そこにあったのは、あの少女が持っていたものと対になる**「向日葵のお守り」**だった。
だが、そのお守りは、少女のものよりもずっと古く、色が褪せていた。
水の魔女「……処刑は、明日だったはずでしょ……!」
私は崩れ落ちた。
水の魔女「私が、宿になんて行かずに……! 直行していれば! 私が殺したんだ、この人を!」
石畳を叩き、子供のように泣きじゃくる私の背後から、あの少女の声がした。
少女「……お母さん」
振り返ると、そこにはゲートへ送ったはずの少女が立っていた。
水の魔女「ごめんなさい……私が遅かったから……」
謝り続ける私を、少女は悲しげな、けれど慈愛に満ちた瞳で見つめた。
少女「……ううん。お母さんを、一人にしないでくれて、ありがとう」
少女が、事切れた母親の体に触れた瞬間。
朝日とともに、少女の姿は淡い光に溶け始める。
カレン「え……?」
少女は、もうこの世の者ではなかった。
母親と共に命を失い、先ほど私が抱きしめた冷たさは、死者のものだった。
水の魔女「待って! 行かないで!」
手を伸ばすが、水は何も掴めない。
夜空に向かって、カレンが指を鳴らす。
パチン、パチン、と不格好な音。
数え切れない黄金色の火の粉が舞い上がり、暗い空を埋め尽くす。
カレン「せめて、暗くないように……行き先が怖くないように……!」
その光は、救えなかった命への、無力で優しい祈りだった。
少女は舞い上がる火花を嬉しそうに見つめ、母の魂と溶け合う。
13
#現代ファンタジー
るるくらげ
カレンは座り込み、手を震わせる。
カレン「……私さ。火が、怖いんだ。だって、簡単に人を灰にしちゃうから……」
私はその手を、冷たい私の手で包み込む。
水の魔女「……今は、私のために灯してください。あなたの火がないと、私は暗闇に押し潰されてしまう」
カレンは小さく笑い、指先を温めてくれた。
石畳の上に、二つの向日葵のお守りが、寄り添うように残されている――それだけだった。