テラーノベル
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『ああ、こりゃだめだな。回路がショートしかけてる。廃棄するしかない』
『使えそうな部品は回収して後は捨てよう。腕なんかのパーツはどうだ?』
耳元で作業する人間の声が聞こえる…。
もうほとんど認識できない俺の頭部に届いた最後の声は見知らぬ人間が発したこの言葉だった。
『今までご苦労さん、ゆっくり休みな』
俺は、そう。
人間が言う、いわばラブドールとかいうやつ。昔の、抱き心地の悪いビニール人形じゃなくて、もっと高性能の、でも今や型落ちのかつての最新型だった。中古であちこちを転々と回されて、今、俺はこの家にいる。
俺たちは人間の脳の代わりに漏れなく人工知能が搭載されていて、思考したり、学習したりすることができる。発売された当初はバカ高くて、作った企業は、それでも純国産製、富裕層に向けて……なんて目論見で大々的に売り出したらしい。しかしその目論見は見事に外れ、結局は性的目的のものと世間に蔑まれ、海外ですぐに似たような廉価版が発売されると、たちまち俺たちは売れなくなった。
風の噂では、その企業も今や吸収合併の憂き目に遭い、籍を追われたかつての開発者兼社長は首を括って死んだらしい。何ともむごたらしい話だ。
「おはよう、翔太」
「うん」
主人である蓮からの挨拶をいつものように適当に受け流すと(そうするよう学習させられた)蓮は何も言わずにコーヒーを淹れ始めた。
俺たちは物を食わなくてもいい。それでも律儀に朝食を作ってくれるのを、この男は欠かさなかった。
コポコポと耳障りの良い音がする。
やがてインスタントの中でも蓮こだわりの豆の良い香りがキッチンに漂い出すと、朝の始まりが来たのだと理解した。
俺は、蓮の初恋の人を模して学習させられたらしい。中古品のカタログで、俺を見つけた時は震えがきて涙を流した、というのは蓮の口癖だ。もう幾度となく聞いた。正確には12回ほど。奇跡だと思ったんだって。
俺は男同士専用の特殊モデルで、女性とはそういった行為が出来ないよう設計されている。一部の美青年愛好家のために、髪質から色の白さ、肌のきめ細やかさまで微細にわたりこだわって作られた。だから、他のモデルより少し値が張る。
持ち主が変わるたびにデータが削除されるので、もう何人目の持ち主かは記憶していないけれど、おそらく製作年からして、もう5,6人の主人の手を渡って来たんだと思う。
現主人の蓮、は、本名を目黒蓮といい、駆け出しのアイドルだ。まだ決して高くはない収入の中からコツコツ貯めた貯金をはたいて、蓮は俺を買った。おかげで蓮は本当にしばらくの間、食費を削り、ろくな物を食べていなかった。悪いことに金持ちの贅沢品として作られた俺は、壊滅的に料理が出来ない。指先が汚れたり、破損したりするのを恐れて、蓮も俺をそういった家事にまったく使役しなかった。本当に優しい主人だった。
「翔太。君のこと、翔太って呼んでもいいかな?」
セットアップが完了し、その黒曜石のような真っ黒い瞳と同じ色のサラサラなストレートヘアが視覚に飛び込んでくると、主人を記憶している最中にも関わらず、もどかしそうに蓮が言った。
「はい。構いません」
「やだなぁ、その喋り方。もっと先輩っぽくしてよ」
「先輩…?」
「そう。翔太は、俺の5個上で、先輩なの。そういう設定」
顔を赤くしてそう言って拗ねてみせる蓮は、年齢よりも随分と幼く見えたものだ。俺はそれから少しずつ、彼から学習した一つ一つを記憶し、整理し、応用していった。
コメント
4件
続きが楽しみ~!!
あら🖤💙じゃないの!!✨✨