テラーノベル
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ロビンはしばらく黙っていた。
やがて腰の袋を外し、
無造作にテーブルへ置く。
どさり、と重たい音が鳴った。
「ほらよ」
リー・リチャードが顔を上げる。
「四百はある」
「持っていきな」
騎士は固まった。
「……は?」
「だから貸してやる」
「今日中に持ってけば間に合うんだろ」
「な、な……」
リー・リチャードの唇が震える。
「なぜ……」
「拙者などに……」
ロビンは面倒そうに肩をすくめた。
「困ってんだろ」
「それだけだ」
騎士はしばらく呆然としていたが、
やがて両手で袋を抱え、
深々と頭を下げた。
「あ……ありがとうござる……!」
「ありがとう……!」
涙を流しながら、
リー・リチャードは店を飛び出した。
扉が開き、
冷たい雨風が吹き込む。
その背中が闇へ消えるのを見届けて、
店の中に妙な静けさが落ちた。
やがて――
「お前さんもどうかしてるね」
赤ら顔の修道士が、
ふらつきながら近づいてきた。
腹の出た大男だった。
酒臭い。
腰には空の酒袋がぶら下がっている。
「俺が見たところ、ありゃ嘘だな」
「ん?」
ロビンが眉を上げる。
修道士は椅子へどかりと座り、
鼻を鳴らした。
「修道士に騙されるくらいなら」
「騎士に騙される方がマシだとおもうがね」
近くの客が笑う。
「ちがいねえ」
「最近は神がだましてるのか」
「神がだまされてるのかわからねえ世の中だ」
修道士は木杯を掲げた。
「あんた気前がいい」
「気に入った」
そして窓の外を見やる。
雨はまだ降っていたが、
東の空がわずかに白み始めていた。
「もうすぐ夜が明ける」
「橋は沈んだままだが……」
修道士はにやりと笑った。
「俺ぁ浅瀬を知ってる」
「川を渡らせてやれるぜ」
「ほんとか?」
「その代わり」
修道士は木杯を突き出した。
「ビールめぐんでくんな」
ロビンは吹き出した。
「いいよ」
「どうせ俺も帰るところだ」
「助かる」
修道士は満足そうにうなずき、
新しい酒を一気にあおった。
「俺はタック、修道士だ」
「酒と魚と喧嘩が得意だ」
「ろくでもねえ自己紹介だな」
ロビンが笑う。
その時、
外で濁流が低く唸った。
まるで、
これから始まる騒動を知らせるみたいに。
増水した川は、まるで山そのものが流れてきたようだった。
茶色く濁った水が渦を巻き、
折れた枝や流木が激しくぶつかり合っている。
橋はとうに沈み、
渡し舟も流されたのか影ひとつ見えない。
赤ら顔。
酒臭い息。
腰には大きな樫の棒。
そして、その隣には腕を組んだロビンがいた。
「こいつが浅瀬を知ってるってよ」
「へへへ」
修道士は鼻を鳴らした。
「ビールのお礼だ」
そう言うなり、
タックはひょいとロビンを肩へ担ぎ上げた。
「うおっ!?」
「落ちるなよー」
「待て待て待て!」
タックは大笑いしながら、
激流の中へずかずか入っていく。
膝まで。
腰まで。
だが巨体はびくともしない。
濁流を割るように進み、
まるで川そのものを踏みつけて歩いているようだった。
「お前ほんとに修道士か!?」
「酒飲みの修道士だ!」
「威張るな!」
あと少し。
向こう岸が見えた瞬間だった。
タックが突然、
にやりと笑った。
「へ?」
次の瞬間。
どぼーん!!
「ぶはっ!?」
ロビンは盛大に川へ投げ込まれた。
冷たい水が鼻と口に入り、
必死にもがきながら岸へ這い上がる。
「何しやがる!」
全身ずぶ濡れのまま怒鳴ると、
タックは腹を抱えて笑っていた。
「はっはっは!」
「お前、強いんだろ?」
「俺と勝負しろ」
「俺がヨッパライに負けるわけねえだろ!」
ロビンは剣へ手を伸ばす。
だがタックは、
どすん、と六尺棒を地面へ突き立てた。
「剣は禁止だ」
「男なら素手で来い」
「上等だ!」
次の瞬間、
二人は同時に飛びかかった。
どがっ!
「ぐっ!」
ロビンの拳がタックの頬へ入る。
だがタックは平然としていた。
「軽い軽い!」
ぶんっ!
巨大な拳がロビンの脇腹へめり込む。
「がはっ!」
ロビンが吹き飛ぶ。
だがすぐ立ち上がる。
「この酔っぱらい!」
「俺は飲めば飲むほど強くなるんだよ!」
「なんだそりゃ!」
殴る。
転ぶ。
組み合う。
泥だらけになりながら、
二人は子どものように殴り合った。
やがて。
「……はぁ……」
「……ふぅ……」
二人とも力尽き、
川岸へ大の字に寝転がった。
空では雲の切れ間から、
うっすら月がのぞいている。
タックが笑った。
「お前、強いな」
ロビンも息を切らしながら笑い返す。
「そっちこそ」
少し沈黙が流れる。
やがてロビンは言った。
「なあ」
「仲間にならないか」
タックは片目を開けた。
「仲間ぁ?」
「俺たちは悪い連中から金を奪って、」
「困ってる奴に返してる」
「面白そうだろ」
タックはしばらく黙っていた。
そして、川向こうを顎でしゃくる。
「それより」
「あの騎士、助けなくていいのかい?」
ロビンが目を細める。
タックはにやりと笑った。
「お前、ロビンフッドだろ」
「修道院がただ同然で取り上げる土地を」
「見のがすわけがない」
ロビンは立ち上がった。
濡れた前髪をかき上げ、
弓を背負い直す。
「……いくか」
タックも六尺棒を肩へ担いだ。
「おう」
二人は並んで、
朝の修道院へ向かって歩き出した。
エスカリオ王宮――
高い天井に、重たい沈黙が満ちていた。
赤い絨毯の先。
王座に腰掛けたカルド王は、
肘掛けに頬杖をつきながら、
集められた若い兵士たちを見下ろしている。
まだ鎧も真新しい新兵たちは、
緊張した顔で整列していた。
その多くが農民上がりで、
王をこれほど近くで見るのは初めてだった。
カルドはゆっくり立ち上がる。
「君たちに来てもらったのは、ほかでもない」
低くよく通る声が、広間に響いた。
「どうもグラツィアからの逃亡犯が、」
「ノッテンガムに逃げ込んだという情報が入った」
ざわ……と列が揺れる。
「昨今、義賊まで出没しているという地域である。」
「放置しておけば、民衆を煽り、さらなる混乱を招くであろう」
カルドはわざと間を置いた。
「逃亡犯の名は――サイラス・イシス」
その名を聞いても、
新兵たちは反応できない。
だが王は深刻そうに眉を寄せる。
「おそらく偽名だがな。極悪非道な人間であることは間違いない」
後方に控える老臣が、わずかに顔をしかめた。
「森の住民――特に子供たちを人質に取っている恐れもある」
兵たちの顔色が変わる。
若い兵ほど、
そういう話には弱い。
「そこで」
カルドは大仰にマントを翻した。
「余自ら、捕縛・投獄してくれようと考えておる!」
広間にどよめきが走った。
王自ら出陣。
それは兵士たちにとって、
英雄譚そのものだった。
カルドは満足そうに頷く。
「諸君たちは今より、余の指揮下に入る」
そして口元をにやりと歪めた。
「ちなみに――」
その瞬間、
兵士たちの視線が一斉に集まる。
「捕縛した者は、無条件で王宮近衛師団の騎士にすることを約束する」
空気が変わった。
貧民街出身の若者。
農村から徴募された次男坊。
没落騎士の息子。
誰もが息を呑む。
王宮近衛師団。
それは平民にとって、
人生を丸ごとひっくり返すほどの栄誉だった。
「おお……!」
「近衛騎士……!」
「本当かよ……!」
ざわめきは熱へ変わる。
カルドはその様子を眺めながら、
内心でほくそ笑んだ。
(よしよし、これで“新兵でも喜んで突っ込む”)
王座の脇に控えるククルースだけが、
静かにため息をついた。
(また始まったよ、この人……)
「あっしも行かなくていいんですかい?」
「今回はジョンを連れていく」
「この父がサイラスなんかより上であることを見せつけてやるのだ」
コメント
1件
第7話、めっちゃ好きです…! タック修道士、酒乱でも豪快でクセになるキャラですね🤍 ロビンと泥まみれで殴り合って、最後に「仲間にならないか」って言う流れが最高すぎました。川に投げ込まれるシーンは笑った(笑) そして王宮シーンのカルド王、相変わらず胡散臭くてイヤな感じが滲み出てて憎いです。 この後の修道院での展開、どうなるんだろう…続きが気になります🥀