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悪徳商人。
腐りきった役人。
そして、神の名を盾に民を食い物にする修道院――。
ロビン・フッドの名は、
そんな連中を打ち倒す義賊として、
少しずつ人々の間に広がり始めていた。
街道では旅人たちが酒の肴に語り、
市場では老婆たちが噂を交わす。
「聞いたかい?」
「また修道院の金を奪ったらしいよ」
「しかも貧しい農民に配ったとか」
「この前なんて、悪徳商人の倉庫を襲ったそうだ」
「ははっ、いい気味だ!」
民衆は笑った。
拍手喝采を送った。
重税と借金に苦しむ者たちにとって、
森の義賊は、
いつしか小さな希望になっていた。
中でも最も有名になったのは、
修道院に領地を奪われかけていた騎士を救った話だった。
悪徳修道士を懲らしめ、
不当に集めた金を奪い返し、
困窮していた騎士へ与えた――。
その話は尾ひれをつけながら、
王国中へ広まっていく。
「ロビン・フッドは百人の兵を倒した」
「いや、矢一本で鐘を撃ち抜いたらしい」
「修道院長を逆さ吊りにしたそうだぞ」
噂は噂を呼び、
今や子どもたちまで森の英雄を真似し始めていた。
ノッテンガムで開かれる予定の弓大会――。
その開催告知は、
ほどなくして王国全土へ伝えられた。
街道の宿場町。
港町。
領主の城。
そして辺境の小村に至るまで、
王家の使者たちが触れを回る。
“弓自慢を広く募る”
その知らせは瞬く間に人々の間を駆け巡った。
しかも。
今回の大会には、
王妃エレノア自らが視察に訪れるという。
その噂が広まるや否や、
王国中は沸き返った。
市場では旅芸人が大げさに語り、
酒場では弓兵たちが腕比べを始める。
「聞いたか?」
「王妃様がお見えになるらしいぞ」
「優勝者には黄金の矢だとよ!」
「王宮騎士に取り立てられるかもしれん!」
若者たちは夢を語り、
腕に覚えのある者たちは次々とノッテンガムを目指し始めた。
特に騎士たちにとって、
この大会は見逃せぬ一大行事だった。
名誉。
名声。
そして王家への仕官。
戦乱の少ない時代において、
弓大会は武勇を示す絶好の舞台だったのである。
各地の領主たちも、
配下の弓兵を送り込もうと動き始めていた。
だが――。
この大会を、
ただの祭典として見ていない者もいる。
ノッテンガム城。
薄暗い部屋の中で、
ノッテンガム卿は静かに笑っていた。
「ロビン・フット……」
その目が、獲物を待つ猟犬のように細められる。
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「王国中が注目するなかで」
「必ずお前をとらえてやる」
分厚い机を叩き、
ノッテンガム卿は怒声を響かせていた。
「お前たちがロビン・フットをさっさと捕らえんから!」
「儂がこのような目に遭うのだ!」
家臣たちは誰一人顔を上げられない。
「特に教会だ!」
「賊をのさばらせているのは儂の責任だと!」
ノッテンガム卿は吐き捨てるように言った。
「王都へ訴えるなどと抜かしおって……!」
「神の名を持ち出せば何でも思い通りになると思いやがって!」
怒鳴り散らしながら、
机の上の杯を乱暴に払い落とす。
がしゃん、と銀杯が床へ転がった。
重苦しい沈黙。
やがてノッテンガム卿は荒い息を吐き、
椅子へ深く腰を沈めた。
次の瞬間。
ノッテンガム卿の口元が、
不気味に吊り上がった。
「だが」
「もうお前たちは森を探す必要はない」
部下たちが顔を見合わせる。
代官は静かに立ち上がると、
窓の外――
遠く広がるシャーウッドの森を見つめた。
「ロビン・フット……」
低く呟く。
「のこのことそっちから現れるであろうからな」
代官の目が、怪しく光った。
「くそう……くそうっ……!」
ガイ・オブ・ギスボーンは、
乱暴に机を蹴り飛ばした。
木杯が床へ転がり、
中の酒が石畳へ飛び散る。
ここ数日、
ノッテンガム卿の怒鳴り声を聞かない日はなかった。
ロビン・フッドを捕らえられない。
その責任はすべて、
森の捜索を任されているガイへ向けられていた。
「この広い森を……」
「こんな人数でどうしろというのだ……!」
苛立たしげに髪をかきむしる。
シャーウッドの森は広い。
道を知る者でなければ、
半日で方向感覚を失う。
まして相手は、
森で生まれ育ったような連中だ。
見つけたと思えば姿を消し、
追い詰めたと思えば罠にかかる。
落とし穴。
吊り縄。
転がる丸太。
兵たちは森へ入るたびに怯え、
今では夜番ですら
「ロビン・フッドが来る」
と震える始末だった。
「畜生……」
ガイは拳を握り締める。
「どうすればいいんだ……」
その時だった。
「ふむう。ご苦労が絶えないようですなあ」
背後から、
のんびりした声が聞こえた。
ガイは反射的に振り返る。
いつの間に入ってきたのか。
部屋の入口に、
黒い外套をまとった男が立っていた。
年齢の読めない男だった。
痩せた顔。
細い目。
そして口元には、
貼り付けたような笑み。
ガイの眉が吊り上がる。
「誰だ、お前は」
男は小さく肩をすくめた。
「それは私の話を聞いてからの方がよろしいかと」
「俺はいま機嫌が悪い」
ガイは低く唸る。
「さっさと要件を言って帰れ」
だが男は動じない。
むしろ面白がるように、
目を細めた。
「そんな態度を取ってよろしいのですか?」
「……何?」
男は静かに一歩、
部屋の中へ入る。
靴音が、
石床に乾いて響いた。
「私は――」
男はゆっくり笑った。
「ある方の命令を受け、ここへ参りました」
その数日後の
エスカリオ王宮
「これは見事な税制ですな」
ノッテンガム卿は、
机の上へ広げられた書類を見ながら、
感心したように目を細めた。
向かいに座る青年――
ジョン王子は、
どこか照れくさそうに笑う。
「そ……そうか?」
まだ若い王子だった。
だが今、
彼の前には幾枚もの羊皮紙が並んでいる。
税制改革案。
橋の通行税。
市場税。
交易税。
港湾使用料。
さらには、
領主たちが独自に徴収していた税を
王家主導で整理し、
徴税の抜け道を減らす仕組みまで書き込まれていた。
ノッテンガム卿は頷く。
「さすがはカルド王より内政を任されておられるだけのことはあります」
その言葉に、
ジョンの顔が少し明るくなる。
「税で大切なのは」
ノッテンガム卿は指先で書類を叩いた。
「抜け道を作らせないことです」
静かな声だった。
だが妙な説得力がある。
「一つ抜け道が見つかれば、堤防に空いた蟻の穴のように、
税の仕組みそのものが崩壊していく」
ジョンは真剣な顔で聞いていた。
ノッテンガム卿は続ける。
「人間を最初から疑ってかかる」
「それこそが大事なのです」
窓の外では、
春の風が旗を揺らしている。
「“もう税を払う金がないのです”と泣きつく家でも――」
ノッテンガム卿は薄く笑った。
「床下には小麦があり、塩があり、胡椒まで隠してあるものなのです」
ジョンは思わず苦笑する。
「はは……そこまでか」
「人はそういうものなのです」
ノッテンガム卿は即座に答えた。
「だからこそ国家は強くあらねばならない」
その言葉に、
ジョンはしばらく黙り込む。
やがてぽつりと呟いた。
「……ノッテンガム卿の話は勉強になる」
顔を上げる。
「ぜひ余のそばで、もっと色々教えてほしい」
ノッテンガム卿はゆっくり頭を下げた。
「もちろんです、殿下」
その目が、
わずかに細くなる。
「殿下のこの素晴らしい税制は、必ずやエスカリオを
エウロピア随一の強国へ押し上げることでしょう」
「税とは――」
彼は静かに言った。
「それほどの力を持つものなのです」
ジョンは少し嬉しそうに笑った。
「そうだなあ……」
その笑顔は、
まだ幼さを残していた。
「これなら父上も、兄上も……」
王子はどこか安心したように呟く。
「お金の苦労をしなくて済むのだなあ」
ノッテンガム卿は、
その言葉に静かに頭を垂れた。
だが伏せた口元には、
薄い笑みが浮かんでいた。
コメント
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みぅです🖤🌹 第8話読みました……ロビン・フッドの噂が民衆に希望を与えていく様子、すごく熱かったです。一方で、ノッテンガム卿やガイの苛立ち、そしてジョン王子の純真さにつけ込む空気が不気味で。弓大会がただの祭典じゃないって分かってるから、次が気になって仕方ないです……! 特に「陛下と兄上もお金の苦労をしなくて済む」っていう王子の台詞、不穏すぎてゾクッとしました……。眠狂四郎さんの悪役の描き方、本当に好きです。続きも静かに待ってますね🌙