テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第十五章 二つの目覚め
第三話 解ける記憶 前編
大通りでは、まだ魔物達が牙を剥いていた。
砕けた荷馬車。
散乱した商品。
破壊された建物の周囲では、粉塵が霧のように不気味に立ち込めている。
そんな夜の街を明るく照らすように、ハヤトの大剣が唸りを上げた。
「はぁぁっ!!」
黄金の光を纏った一撃が、獣型魔物を真っ二つに切り裂く。
だが次の瞬間、崩れた肉体から黒い瘴気が噴き出し、再び形を成し始めた。
「……チッ、きりがないな」
ジュウタロウが細剣を振るう。
空気が凍り付き、白銀の刃が魔物達を貫いた。
その隣では、シュンタが赤いリュートを鳴らしている。
鋭い旋律と共に炎が走り、鳥型魔獣を焼き払う。
だが倒しても倒しても、瘴気が集まり、再び魔物を形成していく。
「瘴気が濃すぎるな……」
ハヤトが低く呟いた。
その時だった。
「ハヤト!!」
ダイチとジントが大通りへ駆け込んでくる。
ジントのフードは外れ、黒髪が夜風に揺れていた。
「ジント!まだ大丈夫か!?」
ハヤトが鋭い眼差しで問う。
ジントは力強く頷く。
それを確認すると、ハヤトは大剣を構え直した。
「……一気に片付けるぞ!!」
その声が、疲弊していた仲間達を奮い立たせる。
「おうっ!!」
ダイチが雷を纏って飛び出す。
「行くぞ」
ジュウタロウの周囲に冷気が渦巻いた。
「後でちゃんと飯食わせろよなぁ!!」
シュンタの炎が夜を照らす。
5人が同時に駆ける。
ハヤトの大剣が魔物を吹き飛ばし、
ジュウタロウの氷が動きを止め、
シュンタの炎が瘴気を焼き、
ダイチの水雷拳が魔物を叩き潰す。
その全ての中心で、ジントが瘴気を受け止めていた。
黒い霧が次々とその身体へ吸い込まれていく。
夜の空気が震える。
街に渦巻いていた負の感情までも、浄化されていくようだった。
やがて、最後の魔物が崩れ落ちる。
その身体から溢れた瘴気も、静かにジントへ吸い込まれていった。
静まり返る街。
戦いの音が消えた大通りを、淡い月明かりが照らしている。
ジントがゆっくりと目を開けた。
「……終わった……」
その声と同時に、ダイチが駆け寄る。
「ジント!」
いつものように支えようと手を伸ばす。
だが
「大丈夫」
ジントは小さく笑った。
驚きダイチが目を見開く。
「……ホンマに!?無理してへん!?」
「あんだけの魔物やったのに……!」
ジントは額に汗を滲ませ、確かに疲れた表情をしていた。
けれどその黒い瞳には、まだしっかりと力が宿っている。
自分の足で真っ直ぐ立っていた。
ダイチは複雑そうな表情で、そんなジントを見る。
嬉しい。
でも、少しずつ、ジントが遠くへ行ってしまうような感覚が胸を締め付けた。
そこへハヤト達も集まってくる。
「みんな大丈夫か?」
全員肩で息をしていた。
破れたマント。
乱れた髪。
手や頬に出来た細かな傷。
長い戦闘の激しさが、その姿に残っている。
その姿を、街の住民達が遠巻きに見守っていた。
やがて。
一人。
また一人と、隠れていた人々が姿を現す。
「助かった……」
「ありがとう……!」
「もうダメかと思った……!」
歓喜。
安堵。
感謝。
先ほどまで街を覆っていた、どす黒い負の感情は消えていた。
まるで、長い悪夢から覚めた後のように。
5人もようやく、少しだけ表情を緩める。
その時、人混みを掻き分けるように、一人の男が近付いてきた。
緑の髪。
同じ色の鋭い瞳。
所々傷の付いた鎧を纏い、腰には剣を差している。
額には汗が滲み、呼吸も荒い。
どう見ても、先ほどまで前線で戦っていた様子だった。
男は5人の元に歩み寄る。
そして、ダイチの前で足を止めた。
「……ダイチ」
「……ジャン……?」
一瞬、奇妙な沈黙が落ちる。
ジュウタロウ達が訝しげに二人を見る中、ジャンは視線をジントへ移した。
その黒髪と黒い瞳を見て、僅かに表情が揺れる。
だがすぐに視線を戻した。
「……ここじゃ危険だ。うち来い」
ぶっきらぼうにそう言う。
「東門近くに屋敷がある。怪我の手当くらいは出来る」
ダイチは警戒するように眉を寄せた。
「お前……」
ジャンは疲れたように息を吐く。
「今は言い争ってる場合じゃねぇだろ」
その言葉に、ハヤトが静かに口を開く。
「……信用していいのか?」
ジャンは少しだけ目を細めた。
「少なくとも、あんたらを売る気なら、さっきの戦闘中に兵士呼んでる」
確かにその通りだった。
ハヤト達は顔を見合わせる。
そして。
「……分かった。世話になる」
ハヤトが頷いた。
近くへ繋いでいた馬を連れ、5人はジャンの後へ続く。
夜の東門地区。
戦闘の爪痕が残る石畳を、6人は静かに歩き出した。
東門地区は、まだ戦闘の余韻に包まれていた。
壊れた屋台。
砕けた石畳。
兵士達が負傷者を運び、住民達が不安そうに夜空を見上げている。
遠くではまだ煙が立ち昇っていた。
ジャンは無言のまま歩き続ける。
鎧の擦れる音だけが、静かな夜道へ響いていた。
5人も自然と口数が少なくなる。
やがて、東門近くの一角へ辿り着いた。
周囲の建物より一回り大きな屋敷。
だがソルト家ほど豪華ではなく、どこか実用性を重視した造りをしている。
門前には兵士らしき男が二人立っていた。
「ジャン様!」
戻ってきたジャンを見て、二人が慌てて駆け寄る。
「大通りの方は!?」
「一応落ち着いた。負傷者の確認を続けとけ」
低く指示を出しながら、ジャンは門をくぐった。
「入れ」
5人は顔を見合わせ、静かに屋敷へ足を踏み入れる。
中庭には簡易的な治療所が設けられていた。
負傷した兵士。
泣いている子供。
忙しなく走る使用人達。
東門に近いこの屋敷も、避難所として開放しているようだった。
「……思ったより被害出てるな」
シュンタが珍しく真面目な声で呟く。
ジャンは疲れたように息を吐いた。
「最近増えてるんだ。教会が賞金首の話広めてから、街の空気もおかしくなってた」
その言葉に、ジントの肩が僅かに揺れる。
ダイチはそれに気付き、さりげなくジントの前へ半歩出た。
ジャンの視線がその動きを捉える。
少しだけ、苦い顔をした。
やがて使用人の女性が駆け寄ってくる。
「ジャン様、ご無事で……!」
「悪い、水と手当の準備頼む。こいつらも戦ってた」
「かしこまりました!」
使用人は驚いたように5人を見る。
特に、黒髪のジントへ一瞬視線が止まった。
空気が張る。
だが女性は何も言わず、静かに頭を下げた。
「こちらへどうぞ」
案内されたのは、広めの客間だった。
大きな暖炉。
深緑色の長椅子。
壁には剣や弓が飾られている。
貴族の屋敷ではあるが、武人の家という印象が強かった。
部屋へ入った瞬間、シュンタがその場へ座り込む。
「はぁ〜……やっと休める〜」
「さすがに疲れたな……」
ジュウタロウも壁へ寄り掛かりながら息を吐く。
ハヤトは破れたマントを外し、窓の外を見た。
「……想像以上に街の状況が悪いな」
「……ああ」
ジャンも短く答える。
だがその視線は、どこか落ち着かない様子で何度もジントへ向いていた。
ジントはそれに気付いているのかいないのか、静かに自分の手を見つめている。
先ほど瘴気を吸収した掌。
微かに黒い靄が残っているようにも見えた。
ダイチはその隣へ腰を下ろす。
「……ホンマに大丈夫なん?」
小声で尋ねる。
ジントは顔を上げ、そして小さく笑った。
「心配しすぎ」
「するやろ普通……」
ダイチが眉を寄せる。
そのやり取りを、ジャンが複雑な表情で見ていた。
幼い頃。
自分達が石を投げ、不吉だと笑っていた黒髪の少年。
その隣で、本気で怒っていたダイチ。
脳裏に昔の記憶が蘇る。
ジャンは無意識に拳を握った。
その時、部屋の扉が開く。
「皆様、お怪我の手当を」
使用人達が次々と水桶や布、薬草の入った箱を運び込んでくる。
ふわりと薬草の香りが広がった。
それだけで、張り詰めていた空気が少し緩む。
シュンタは受けとった水を一気に飲み干した。
「うわ〜……生き返る……」
「飲み過ぎるな。むせるぞ」
案の定、ジュウタロウの言葉と同時にシュンタが咳き込む。
「ゲホッ……!!
フ、フィルディアの王子冷たぁ……」
「事実を言っただけだ」
そのやり取りに、ハヤトが小さく笑った。
だが皆、かなり消耗していた。
服は裂け、腕や頬には細かな切り傷。
ダイチの拳も赤く腫れている。
使用人の女性が傷薬を手に近付く。
「失礼します」
「あ、はい」
ハヤトは素直に腕を差し出した。
その隣で、ジントが水を受け取っている。
白い肌に、瘴気を吸収した痕のような黒い筋が薄く残っていた。
ジャンの視線が止まる。
——あれが……月蝕の子。
教会が言っていたような、化け物には見えなかった。
むしろ、瘴気を吸収した後だというのに、ジントの表情は驚くほど穏やかだった。
「……お前」
気付けばジャンは口を開いていた。
ジントが顔を上げる。
「そんなに瘴気吸って……平気なのか」
部屋の空気が少し静まる。
ダイチが僅かに警戒するようにジャンを見る。
だがジントは少し考えるように目を伏せた後、静かに答えた。
「……苦しくないわけじゃないよ」
その声は穏やかだった。
「でも、放っておく方がもっと苦しいから」
ジャンは言葉を失う。
ーーあの戦場で。
人々の恐怖も、魔物の瘴気も、全部一人で受け止めていた。
それなのに、どうしてこんな顔をするんだ。
ジントはどこか困ったように笑った。
「昔は怖かったんだけどね。
最近は……ちゃんと受け止めなきゃって思うようになった」
その横顔を見ながら、ジャンの胸の奥がざわつく。
思い出す。
幼い頃、自分達は黒髪のジントを気味悪がった。
「化け物」
「不吉」
「近寄るな」
そんな言葉を投げた。
そして泣きそうな顔でジントを庇っていたダイチと、何度も喧嘩になった。
ジャンは無意識に視線を落とす。
拳が震えていた。
その時だった。
「ジャン様」
使用人の男が扉の外から声を掛ける。
「東側の兵士達より報告です。
魔物の発生、完全に止まったとのことです」
その言葉に、部屋の空気が少し緩む。
「……そうか」
ジャンは小さく息を吐いた。
そしてゆっくりと、ジントを見る。
「……お前が、止めたんだな」
ジントは少し驚いたように目を瞬かせる。
「みんなが戦ってくれたからだよ」
そう言って、自然にハヤト達を見る。
「一人じゃ無理だった」
その言葉に、ダイチの表情が少しだけ柔らかくなる。
ハヤトも肩を竦めた。
「当然だ。俺達は仲間だからな」
「ええ話やなぁ……」
シュンタがしみじみ呟き、ジュウタロウが呆れたようにため息を吐く。
「さっきまで死にかけていた男とは思えんな」
「いやホンマにな!?」
ようやく、少しだけ笑い声が戻る。
けれどジャンだけは、静かにジントを見つめていた。
教会が言っていた“月蝕の子”。
人々が恐れていた存在。
そのはずなのに。
目の前の少年は、誰よりも人を救おうとしている。
ジャンの胸の奥で、長年信じてきたものが音を立てて崩れ始めていた。
𝕔𝕠𝕔𝕠
34
#み!るきーず
ぷりんねこ
28
comi
1,524
#M!LK
はる☻
29,738
コメント
3件
5人の戦闘シーンほんとに大好きです。一人ひとりが役割を持って戦ってる姿に胸が熱くなりますね。 ジャンの月蝕の子のイメージがゆっくりと変わっているそんなお話でしたね
読み終えました!今回の戦闘シーン、5人の連携が本当に格好よかったですね。特にジントが「一人じゃ無理だった」って自然に仲間を認めるシーンが印象的で、彼の成長を感じました。それと、ジャンが昔の自分たちの過ちを思い出しながらジントを見つめ直す展開、胸に来るものがありました。前編とあるので、この後どうなるのか気になります!