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月咲やまな
398
#恋愛
十色
257
テラスから侵入して窓越しにそっと室内を覗くと、会場内のメンバーは錚々たる者達ばかりだった。 結婚などの理由で皇家から抜けた者達のみに一代限りで与えられる『公爵』の爵位を持つ者までは居ないまでも(貴族間のパワーバランスに影響を与えてしまうため、この国では公爵家は公式の行事以外には滅多に参加しないのだ)、公爵の次に爵位の高い『侯爵家』の者も何人か参加している。他はもう伯爵家の面々で、予想通り男爵位を持つ参加者は剣家のみである。子爵家に至っては一人も見当たらない。だからか余計に興味を持たれ、色々な者達と惺流が歓談している。すぐ側には叶糸を引き連れており、これから話す者の家名や、相手が興味のある話題に関してなどのアドバイスをそっと耳打ちしていた。
(あの義父じゃ普段は会えない相手ばかりだから、顔を見ても、咄嗟にどの家の者かわからないみたいだな)
以前より、『一般常識』の範囲として都内の貴族全員の名前や容姿、趣味などといったデータを頭に叩き込まれていたおかげもあってか、夜会への参加はこれが初めてである叶糸の方が不安が無い分堂々としたものだ。叶糸は体格も良く、身長も抜きん出ているから目立ってもいる。流行りのデザインに仕上げたスーツのおかげも多少はあるだろう。
参加者の中には叶糸が『平民』であると知っている者も居るだろうが、表面上は普通に接してくれている。多分それは主催者が星澤家だからだろう。星澤家の面々は生粋の商人気質持ちだからか、生まれ育った土地柄なのか、腹の中では何を考えていようが表面上はそれを一切出さない。相手が『平民』であろうが商売優先。人の口には戸を立てられないため、家の評判を落とすような態度は絶対に取らない星澤家の顔色を窺っているからだろう。損得勘定が強い方がこの場合はありがたいな。
(それにしても——)
この夜会は婚活パーティーとかじゃないので名札なんか誰もつけてはいない。そのおかげで『叶糸』の名前を聞いても、音だけじゃ『平民』だとは気が付かず、『狼の獣人』である事で興味深げに寄って来る者もやたらと多い。
(叶糸が威風堂々としているおかげだな!)
媚を売るような声で話し掛け、必死に連絡先を訊き出そうとしている者などもいた。
(でも、ボディタッチはやり過ぎじゃないか?)
獣人の性欲の強さを刺激でもしたいのか、腕を勝手に絡めてきたり、貴族の御令嬢なのに胸を押し付けたりしている奴もいるのはどうなんだ。だけどそういった者達は『伯爵家』の令嬢のみだったので、強欲な惺流が叶糸の結婚相手として売り込みたい先ではなかったからか、惺流の方から「もう行くぞ」と引き離してくれていたのはありがたかった。でも——
(……『ありがたい』?——って、何がだ)
自分が抱いた感想に対して少しの疑問を持ちつつ、更に状況を伺うため、幽霊みたいに窓をするりと通過して室内に潜り込む。実際に歩いてみると会場内はとても広く(このボディじゃ余計にそう感じる)、中央付近ではクラシカルな音楽に合わせてダンスを踊っている者達もいる。端の方にはテーブルがあって立食形式での食事や飲み物が数多く並んでいるが、こんな姿じゃ料理は取れないのは残念だ。
(食べなくても平気だが、食べるの自体は好きなんだよなぁ。——さて、叶糸達は……あそこ、か)
私は叶糸に留守番を命じられている身である。なので彼には見付からないように、出来るだけ叶糸達とは反対側に移動してから周囲の様子を伺った。
聞こえてくるのは『最近の株価がどうの』とか、『景気はどうか』や『どこそこの婦人が浮気している』だのといった内容くらいで、叶糸の将来に関わるような危険性のあるものは無い。
この夜会に対して警戒の必要はなさそうだなと安堵しかかっていると、一人の女性の動きがふと気になり始めた。
近頃では皇家主催のパーティーでくらいしか見ないような、『中世時代の人間が未来に転移でもして来たのか?』と思う程に豪華なデザインのドレスを着込み、ネックレスや指輪といった装飾品でこれでもかというくらいに着飾っているのに、当人が纏う雰囲気がそれ以上に派手なので全然服装に負けていない女性が一人、叶糸達の動きを常に窺っている。扇子で顔の大半を隠し、眉間には深い皺が入っているから、『獣人で逞しい彼に声を掛けるチャンスはないかしら♡』といった感じではまるで無い。むしろ真逆の意図を感じる。
(叶糸達の動きに連動して、彼らから最も遠い位置に移動している?)
やや金色寄りの茶色い髪、底意地の悪そうな細長い目付き、頭部には獣耳が生えているから(尻尾はドレスで見えないけどスカートの奥に多分あるだろう)叶糸と同じく『獣人』だ。
(雰囲気的に『狐』っぽいな。……『狐の獣人』で、この会場に入れる程の高位貴族の御令嬢?)
御令嬢と呼ぶにはやや歳を感じるけど、婚姻の証となるようなものは何も身に付けていないから、おそらく未婚だろう。獣人は、その能力を家のために遺憾なく発揮するのは当然として、子孫を残す事を最も強く求められるから早婚ばかりなので、成人済みの未婚者はかなり珍しい。
『狐の獣人』で『未婚』の『都内在住者』であり『叶糸を避けたがっている』っぽい。
聞き覚えしかない項目が次々に並び、やっと私はこの女性が誰なのか見当が付いてしまった。
(——叶糸の二度目の人生で、『婚約者』だった女だ!)
補佐達から送って貰った情報が頭の中を一気に駆け抜ける。『——マズイ!』と焦り、叶糸の方を慌てて見ると、彼は丁度会場の反対側に居るというのに何故か私とバッチリ目が合ってしまった。
『この人混みでも、よくまぁ私を見付けたな!』
と感心しつつ、短い両手を無駄に前方へ構えて、心の中だけで『うあぁァァァァ!』と、叱られるかも!?なんて恐怖混じりに叫ぶ羽目になった。
コメント
1件
おお、今回の夜会編、めっちゃ好きだわ。主人公が透明なボディで潜入してる時の、自由だけど食い物は食えんってとことか、思わず笑っちゃった(笑)。それにしても、最後の“元婚約者”っぽい狐の令嬢が出てきたとこで終わるのは熱すぎるだろ! 次の話、早く読みてぇ🔥