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二度目の人生で叶糸の『婚約者』だった女性の名前は『西條ソロア』という。キツネの獣人で、侯爵の爵位を持つ西條家十人姉弟の長子である。貴族令嬢として叩き込まれた礼儀作法などでは隠しきれない程性格にかなり難があり、そのせいで実父や祖父母、弟妹達とは折り合いが悪く、末弟のみを可愛がっているそうだ。理由は簡単。
現在の西條家は、末弟だけが彼女と同じ『獣人』だからだ。
十年前。
産後の経過の悪さが祟って、同じくキツネの獣人であった母が亡くなり、それ以降はもう末弟の言う事しか聞かないらしい。
そんな彼女は根っからの血統至上主義者で、『貴族以外は人にあらず』と平気で言ってしまう様な女性だ。獣人至上主義でもあり、厄介な事に、実母が他国の王族の出(第八王女とか、そんな感じだったはず)であった事も災いして、相手が貴族であろうと王家の血が入る自分よりは下であると考え、同じ『侯爵家』の者にすら蔑んだ目を向けるもんだから、実父の意向で普段彼女は社交の場には出ていない。なのにこの場に居るということは——
(今はもう、ソロアの結婚相手を探している時期だったのか!)
本来なら獣人として生まれた子には幼少期から婚約者がいる。『獣人である』という理由で早々に青田買いされていくのだ。なのに彼女には昔から婚約者は一人もいない。
『以前はいたが破棄した・された』という話すら一度も聞いた事が無い理由は、偏に性格の悪さが原因だろうな……と容易く想像が付く。『王族の血が入っていないから』と貴族相手ですらも鼻で笑う様では、大事な我が子と婚約させたいと思う親なんかいるはずがないからな。
貴族相手ですらもこうなのだ。
相手が『平民』となれば、彼女は同じ空気を吸うのも拒絶する。
そのせいで、受けた教育は全て家庭教師からのみだ。クラスメイトに平民が居るかもしれないと、学校にすら通わなかった徹底っぷりである。
テラスから中を覗いた時には居なかったから、きっと遅れてやって来たのだろう。本心としては平民と同じ空間に居るのすらも苦痛の筈だが、遅れて来たのにもう帰るというのは、主催者が星澤家である事から、いくらソロアでも気が引けるのかもしれない。オシャレくらいしか趣味の無い彼女は、和装だけじゃなく、ハイブランドの和風な洋装や装飾品を数多く販売している星澤家には嫌われたくはないのだろう。
なので現段階では彼女に危険性や脅威は無い。放置しておいたって向こうから叶糸を徹底的に避けてくれるからだ。
(——だけど、西條家の父親の方は大問題だ!)
プラス、私が叶糸に見付かっている点も!
先程までは二足立ちでぽてぽて歩きながら周囲を窺っていたが、ドンッと両手を床について、惺流と西條家の当主との遭遇を回避するべく大急ぎで叶糸達の方に向かう。窓枠を通過する要領で招待者達の足元をすり抜けて直線距離を選んで駆けて行くが、……なかなか思った通りには進まない。私が急いで走るのには慣れていないからとか、標準よりもさらに太っているからとかじゃない。きっとこの『マーモット』という種自体が『急ぐ』は無理なのだと、お、思いたいぃぃ!
(くっ!)
半泣きになりながらも必死にバタバタ走って行く。頭の中ではもう叶糸の近くにまで到達しているのに、会場の広さのせいもあって残念ながらまだちょっと遠い。その間ずっと叶糸がこちらを気にし続けていて、『君が何故此処に⁉︎』と困惑気味な眼差しがめちゃくちゃ全身にバシバシと刺さる。
惺流の補助を的確にしつつも、視線は私を見たままだ。だけど今日の彼は惺流の補助のために来ているから、義父の側を自主的には離れられない。もし何かしらの理由をでっち上げてこちらに来たとしても、私は姿を消しているから、抱き上げる様な真似も駄目だ。夜会の会場で急にパントマイムを始めた変な人みたいになってしまう。
かといって此処で急に姿を晒しても『どうして会場に動物が⁉︎』と大騒ぎになるだろう。
お互いに無視して行動するのがベストなのだけど、叶糸の方はそうは考えてはいない様だ。ぼてぼてと、むっちりボディを揺らしながら叶糸の方に向かって歩くが如く走る私の姿に、悶えそうになっている様にも段々見え始めてきた。
(だ、駄目だ、このままでは叶糸が醜態を晒してしまいかねないぞ!)
抱き上げたい。近くに行きたい。猫みたいに吸いたい。でも、それは無理だと葛藤でもしている様に彼の尻尾は情緒不安定だ。
ぴたりと歩みを止め、スンッとした顔で『可愛いな、おい』と、つい思ってしまう。他の人もそう感じているのか、口元を押さえている女性が多数叶糸らの周囲を囲んでいて少し焦った。が、この感情の理由がわからぬまま私がまた歩き始めると、今度は急に、何か大きな衝撃を自分の中で感じた。
叶糸が私に向けていた『アルカナはマーモットである』という『強力な認知』が、やっと大きく揺らいでくれたみたいだ。
彼には『変身も出来る者』と私への『認知』を書き換える様に念押ししておいたおかげもあってか、私が『マーモット』であるという縛りはまだ消え去ってくれてはいないが、ひとまず『変身』さえ出来れば会場での自由度が随分上がるだろう。
(よっし! じゃあ、早速行動開始だ)
まず真っ先に周囲を確認する。惺流は叶糸のすぐ斜め前のままだ。
お次はソロアの実父である西條家の当主を探した。彼の方は今数人の貴族達に囲まれて談笑中の様だ。おかげでまだ惺流達の方に興味を向けている様子は無い。
けれども二人が話せばまず間違いなく利害関係が一致して叶糸の婚約話がとんとん拍子で進んでしまう。何処で会ったのかまでは知らんが、前回がそうだったから今回もきっとそうなる。叶糸とソロアの気持ちなんか一ミリも考慮せずに。……だって、双方共にそれぞれの理由で、彼らの『結婚』には大きな『利』があるのだから。
月咲やまな
398
#恋愛
十色
257
西條当主、そして惺流の二人に、お互いを認識出来ない様にする魔法を急いで掛ける。こういった類の魔法や魔術を無断で使う事は法的には問題有りなのだが、私は法の外の存在なので良しとしよう。
(さて、お次は——)
叶糸を助ける、次の一手を打つ事にした。
コメント
1件
おお、第14話、読み終えました!ソロアのキャラクターがめちゃくちゃ立ってますね。血統至上主義で性格に難あり、でも星澤家には嫌われたくないってジレンマが人間味を感じさせて面白い。「マーモット姿で半泣きバタバタ走るアルカナ」と「悶えそうな叶糸」の構図、映像が浮かぶようで笑っちゃいました。認知の揺らぎや法外の存在設定も「おお、ここで繋がるか!」とニヤリ。二度目の人生の修正がどう進むのか、続きが気になりますね!