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第八章 闇が還る月夜
第七話 それぞれの救い
咆哮が大聖堂を揺らした。
巨大な魔物が、凄まじい勢いで床を踏み鳴らす。
「逃げろ!!」
アクセルの怒声が響く。
神官達が悲鳴を上げながら出口へ殺到した。
サフィアンは倒れたジオを抱き上げる。
「ジオ!!」
反応はない。
顔色は青白く、呼吸も浅い。
ラスタが駆け寄った。
「外出るで!!」
二人は急いで扉へ向かう。
ヴァルドもまた、他の神官達と共に避難していた。
けれど去り際、灰色の瞳が倒れたジントを見つめていた。
理解できないものを見るように。
恐れるように。
そして、どこか縋るように。
重い扉が閉じられる。
大聖堂に残されたのは、アクセルとクロードだけだった。
静かな呼吸。
剣を握る手が汗ばむ。
目の前では、黒い瘴気を纏った魔物が低く唸っている。
その姿は、もう完全に人ではない。
けれどついさっきまで、確かに人間だったもの。
「…………」
クロードの銀の瞳が揺れる。
理解はしていた。
ある程度、予測もしていた。
満月。負の感情。闇。
人が魔物になる可能性。
行方不明者の記録。
すべて繋がっていた。
しかし実際に目の前で起きると、感情が追いつかない。
「来るぞ!」
アクセルが叫ぶ。
次の瞬間、魔物が一気に距離を詰めた。
速い。
凄まじい瘴気を撒き散らしながら、鋭い爪が振り下ろされる。
ガキィン!!
黄金の剣が、その一撃を受け止めた。
重い。
アクセルの表情が歪む。
「っ……!」
これまで数え切れないほどの魔物と戦ってきた。
だが、目の前の存在は桁違いだった。
クロードが横から斬り込む。
銀の刃が黒い肉を裂く。
けれど。
「浅い……!」
傷口から大量の瘴気が噴き出した。
まるで、闇そのものを斬っているようだった。
魔物が咆哮を上げる。
空気が震える。
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アクセルは歯を食いしばった。
ーーあれだけの瘴気を、ジオが吸収していた。
それなのになお、この強さ。
ならばこの魔物は、いや、この“人間”はどれほどの負の感情を抱えていたのか。
いや、違う。
一人じゃない。
この場にいた神官達。
恐怖。疑念。憎悪。怯え。
大聖堂に充満していた、あらゆる負の感情。
それらすべてが、この魔物を生み出した。
その事実が胸に重くのしかかる。
剣が鈍る。
ほんの一瞬躊躇した。
その瞬間、魔物の爪がクロードへ迫る。
「クロード!!」
アクセルが叫ぶ。
キイィィン!!
ギリギリで剣を合わせる。
火花が散った。
クロードの呼吸が乱れる。
脳裏に浮かぶ。
白銀の毛並み。
赤い瞳。
苦しそうな咆哮。
リュカ。
母親。
血。
自分の氷。
――救えなかった。
リュカも。
母上も。
誰も。
銀の瞳が苦しげに細められる。
だけど、
「……俺たちが」
掠れた声。
「俺たちが、救うんだ……!」
その瞳の奥に、決意の火が灯る。
魔物が咆哮する。
クロードは震える手で剣を握り直した。
「倒すことで」
静かな言葉だった。
アクセルがゆっくり頷く。
黄金の瞳から迷いが消えていく。
「……ああ」
次の瞬間。
二人は同時に踏み込んだ。
氷の斬撃。黄金の光。
交差する剣閃。
魔物が暴れる。
砕ける床。
飛び散る瘴気。
それでも二人は止まらない。
アクセルが動きを封じる。
クロードが懐へ潜り込む。
魔物が最後の咆哮を上げた。
その姿が、一瞬だけ揺らぐ。
そこへ、クロードが静かに剣を振り抜いた。
銀色の軌跡。
一閃。
魔物の動きが止まる。
やがて、巨体がゆっくり崩れ落ちた。
黒い身体が崩壊し、霧のように瘴気が広がっていく。
静かな終わりだった。
クロードは荒い呼吸を繰り返す。
剣を握る手が震えていた。
そして漂う瘴気が、ゆっくり動き始める。
黒い霧が細い帯となり、まるで引き寄せられるように、閉ざされた扉のわずかな隙間を抜ける。
それは意識を失ったジオへと、救いを求めるかのように、静かに吸い込まれていった。
コメント
1件
いやあ、もう…胸が詰まりました。アクセルとクロード、二人で立ち向かうラストシーン、痺れましたね。クロードが「救うんだ」って言い直すところ、過去のトラウマを乗り越えようとする強さが滲んでいて、すごく好きです。それにしても、瘴気が最後にジオのところへ吸い込まれていくっていう描写が美しくて不気味で…。世界の仕組みとして「救いを求める瘴気」って発想が、設定好きにはたまらないです。続き、めっちゃ気になります!