テラーノベル
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黙り込んでしまった私に、塚本は静かに問いかける。
「遠野さんは、俺のこと、どう思ってる?」
「どうって、友達だわ……」
彼の質問の意味を分かっていながら、私はあえてはぐらかすような言い方で答えた。
塚本の顔に苦笑いが浮かぶ。
「俺が訊きたいのはそういうことじゃないって、分かって言ってるよね。俺のこと、好きか嫌いか、どっちなのかっていうことだよ」
「そ、それは……」
私の答えを待つ彼の視線から圧を感じる。彼に心が向いているのは確かだが、自分の気持ちがはっきりしていない今、「好き」という言葉はまだ使えない。私はぼそりと答える。
「嫌いでは、ないわ」
塚本は少し考え込むように顔を仰向けていたが、顔を戻してから私をじっと見つめる。
「それは『好き』っていう意味と同義なんじゃないの?」
「同じじゃないわよ」
「同じでしょ。嫌いじゃないんなら、好きってことでしょ」
「違う」
「ふぅん……」
塚本は口元に苦笑を滲ませ、疑わし気な目で私を見る。
「な、何よ……」
その目に頭の中を見透かされそうで、私は彼から顔を背けた。
塚本はため息の後に言葉を続ける。
「俺、気づいていたよ」
「き、気づくって?」
確信めいた彼の言い方にどきりとし、私はそっと顔を上げて塚本を見た。彼の口元には笑みが刻まれている。
「遠野さんって、考えてることとか、気持ちとか、結構顔に出るタイプだよね」
そんなことを言われたのは初めてだ。驚き、慌てた私は、今さらとは思いながらも、無表情を作ろうとして唇を引き結んだ。
私の様子を見て、彼は可笑しそうにくすりと笑う。
「もしかして自覚がなかった?まぁ、だからさ、十分すぎるくらい分かってたよ。遠野さんにとっての俺は、ただの友達でしかなかったってことをね。だけど、いつ頃からだったかな。きっかけはこれだって、はっきりとは言えないけど、少なくともここ最近になってからは、遠野さんの俺に対する態度というか表情が、それまでとは違うって感じることが多くなった。そう、まるで、俺のことを意識してでもいるかのように」
「そ、そんなことは……」
ない――。
言い切ろうとして見返した彼の視線の強さに負けて、実はそうだと言って、頷いてしまいそうになった。しかし、私の気持ちは曖昧だ。だから、彼の気持ちには答えられないし、応えるべきではないと思う。卑怯かもしれないが、ここはひとまず彼の告白を冗談にでも紛らせて流してしまおうと考える。
「それは絶対に気のせいね。塚本さんって、意外と自意識過剰な人だったのね」
彼は私の意図に気づいたはずだ。本当なら怒ったり不機嫌になったりしそうなものなのに、むしろ愉快そうな顔をしてくすくすと笑っている。
「自意識過剰なんて言われたのは初めてだよ。でも、俺の気のせいだとは思えないな。だって、今も遠野さんの耳、真っ赤だよ。どうしてだろうね」
「そ、それは」
私は自分の耳を手のひらでぱっと覆い、塚本の目から隠す。
「きっとワインを試飲したからよ。だって三杯も飲んじゃったもの。酔っぱらったのね。あはは……」
「あんなに小さいコップなのに?それに、飲んでからすでに一時間以上は経ってると思うんだけど?だいたい、遠野さんって、そんなにお酒に弱かったっけ?まぁ、例の泥酔の件はさて置き、ちゃんと一緒に飲んだことがあるのは、昨日も含めて二回くらいではあるけど、そうは見えなかったんだよな」
彼の追求に私はしどろもどろになって答える。
「えぇと、でも、そういうのは、その日の体調にもよるところもあるじゃない?今日はたまたま酔いが回りやすかったのかもしれないし……」
「体調ねぇ……」
笑いの余韻を残した目で彼は私を見つめていた。やがてふっと小さくため息をつくと、それまで私の言い訳を楽しんでいるかのようだった笑顔が、すっと陰りを帯びた。
その表情にどきりとする。
「ねぇ、俺のどこがだめ?」
「べ、別にだめな所なんかないわ。むしろ私には勿体ないくらいで……」
「上っ面な言葉はもういらないよ。本当のことを言ってくれていい。あれでしょ?この前失恋した相手のこと、やっぱり忘れられないんだろ?」
「それはないわ」
私は首を横に大きく振る。
「彼のことはもうちゃんと心の整理がついているし、引きずってもいないのよ」
「だったら、どうして頷いてくれないの?明らかに俺のことを意識しているように見えるのに」
「だって……」
「うん」
塚本は私の言葉の続きを待っている。
私は顔を伏せ、自分の手元を見つめながらぼそぼそと話す。
「塚本さんのことをどう思っているのか、自分でもよく分からないの。あなたを本当に好きなのか、それとも、失恋した寂しさをあなたで埋めようとしているだけなのかが分からない。だから、頷けないというか……」
「そう言えば遠野さんって、真面目、いや生真面目な人だったよね」
苦笑のにじむ声で言い、塚本は大きなため息をついた。
「分かった。じゃあこうしようか。遠野さんの気持ちを確認するために、俺と付き合おう」
私は驚いて目を見開く。
「塚本さんの気持ちに応えられないっていう話をしているのに、どうしてそうなるの?自分の気持ちが曖昧なまま、塚本さんと付き合うなんてできない」
塚本は、でも、と首を傾げる。
「友達としてとか男としてとかはひとまず置いておいて、少なくとも俺のことは嫌いじゃないんでしょ。だったら、試しに付き合ってみようよ。それに俺はもう、君のことをただの友達として見ることはできないよ」
「そんなこと、言われても……」
しかし塚本に諦める様子はない。
「期間を決めてもいい。半年、いや、三か月でもいい。それくらいの時間がほしい。俺にチャンスを下さい。その間、恋人同士として付き合ってみて、やっぱりどうしても、俺とは友達以上にはなれないって遠野さんが思ったんなら、その時は俺もきっぱりと諦めるから」
私の気持ちが定まっていないことを知りつつも、塚本は熱心に口説いてくる。
決して嫌いではない人からこんなにも熱く求められて、私の心臓はずっとどきどきとうるさい。そして、そこまで言ってくれるのならと思い始めてもいた。
ただ、一つの不安がある。片思いの期間が長すぎて、私は誰かとお付き合いというものをしたことがない。それを言ったら、二十九才にもなってと引かれてしまうのではないかしら、と内心びくつきつつ私は彼に告げる。
「あのですね。実は私、この年まで誰かと付き合ったことがないの」
塚本の瞬きが増えた。
私は彼の反応をうかがいながら続ける。
「だから、私と付き合ったところで、きっと楽しくはないと思うのよ……」
塚本の瞬きが止まった。
「つまり、それは、俺と付き合ってくれるっていう意味に捉えてもいいのかな」
私に確認を取る彼の声はひどく嬉しそうだ。
彼の顔中に笑みが広がるのを見ながら、私はもじもじしながら答える。
「えぇと、まぁ、そういう感じかな。本当にこんな私で良ければ、なんだけど」
「なかなか回りくどい言い方するね」
塚本は肩を震わせて笑い、それを収めてから私に笑顔を向ける。
「遠野さんがやっと頷いてくれて、ものすごく嬉しいよ。それに、今まで誰とも付き合ったことがないなんてこと、全然問題ない。それどころかむしろ……」
塚本ははっとした顔をして、言いかけた何かを飲み込んだ。
私は首を傾げる。
「むしろ、何?」
その先を促そうとする私に、彼は慌てた素振りを見せた。
「いや、なんでもない。えぇと、俺が全部教えてあげるから、大丈夫」
「教えてあげる、って、塚本さんは経験豊富なの?」
真顔で訊ねる私に、塚本は一瞬言葉に詰まったような顔をしたが、すぐに涼しい顔を作る。
「二人揃って恋愛初心者よりはいいでしょ?とにかく俺に任せておいて」
彼の微笑みがこれまでにないほど色っぽく見えて、私の頬は熱くなり、胸の鼓動がますます高鳴った。
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