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植まどか
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翠
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白子=脳みそ思ってた 😇
45
「何かあったと思うか」
バトウが低い声で尋ねた。
「なんとも申せませぬ」
スブタイも、すぐには答えなかった。
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
やがてバトウが顔を上げた。
「お前、何か知らぬか」
その問いに、スブタイは傍らに控えていた男へ目を向けた。
「ウリヤン・カダイ」
「はっ」
「何か聞いておらぬか」
息子はしばらく考えたあと、首を振った。
「いえ。私が知っているのは――」
言葉を選ぶように、一度口を閉じる。
「例の三路侵攻策を、総司令官であるバトウ様の意向を無視して、」
「皇族方が押し切って決めたこと」
「それについて、大カーンが激怒されたということだけです」
「それだけか」
「はっ」
「分かった。下がってよいぞ」
「失礼いたします」
ウリヤン・カダイが天幕を出ていく。
その背を見送ってから、バトウは呟いた。
「単なる帰還命令なのか」
「それとも――」
スブタイが目を細める。
「ドラゲネあたりの策謀か」
「あり得るか」
「分かりませぬ」
スブタイは静かに首を振った。
「ただ一つ、確かなことがございます」
「なんだ」
「我らには、帰還命令が出ておりませぬ」
バトウの目が動いた。
「皇族方は、ほぼ全員呼び戻されているというのにな」
「はい」
「ふむ……」
バトウは腕を組んだ。
何かを考えるように、しばらく黙り込む。
やがてスブタイが口を開いた。
「もし仮に――」
「うむ」
「大カーンに万が一のことがあり、クリルタイが開かれることになれば……」
そこで言葉を切る。
「バトウ様がおられぬことなど、あり得ませぬ」
征西軍総司令官。
そして何より、ジュチ家の長。
次の大カーンを決める場に、バトウが呼ばれぬはずがない。
だが――。
バトウは答えなかった。
「バトウ様?」
しばらくして。
「スブタイ」
「はっ」
「お前にだけ、話しておこうと思うことがある」
スブタイは黙って、その顔を見た。
バトウはゆっくりと立ち上がると、天幕の外へ目を向けた。
遥か西。
彼らが馬で踏み越えてきた、果てしない大地がそこにある。
「儂は、父上の書をむさぼるように読んだ」
静かな声だった。
「そして思った」
スブタイは黙って聞いている。
「父上は、この地に理想の国を築きたかったのではないかとな」
「書がそれを示しておる」
スブタイの眉が、わずかに動いた。
「儂は戻らぬ」
「……バトウ様」
「カラコルムへ戻り、また叔父どもや従兄弟どもと、誰が上だ下だと争う」
バトウは鼻で笑った。
「くだらぬ」
スブタイは何も言わない。
「父上も、そうだった」
ジュチ。
チンギス・カーンの長男。
だが、その出生を疑われ続けた男。
「生涯、チャガタイ叔父上に蔑まれた」
バトウの声から、笑みが消えた。
「大カーンの息子でありながら、最後まで一族の中に居場所を持てなかった」
「……」
「ならば、儂は」
バトウは西の空を見た。
「サライに都を置き――」
その声に、迷いはなかった。
「父の名を冠した国を建てる」
一拍置く。
「儂は、そこの王となる」
スブタイは何も言わなかった。
ただ、目の前の若き主を見つめている。
「だが――」
バトウが振り返った。
「その前に、やり残したことがある」
「やり残したこと……?」
「ああ」
バトウの目から、王の色が消えた。
そこにいたのは、草原に生まれた一人の男だった。
「草原の男として」
スブタイの目が、わずかに見開かれる。
「父を殺した男に」
バトウは静かに言った。
「仇を討たねばならぬ」
天幕の外から、風が吹き込んだ。
遠い西から吹く風だった。
「軍がついて来ぬというなら、それでもよい」
バトウはその風の向こうを見つめた。
「儂だけでも行く」
そして――。
「西の地の果てを、見に行く」
「そうですなあ」
スブタイは、しばらく考えるように顎を撫でた。
「まずは、敗退した二路の後始末をいたしましょう」
「うむ」
「そのあとは――」
スブタイは地図へ目を落とした。
「三万の軍をもって、中央路から攻め入りましょう」
バトウが口元を緩める。
「中央路か」
「はい」
スブタイも笑った。
「私も、ジュチ様を破った男に――」
そこで、わずかに目を細める。
「一度、会うてみたくなりました」
「ほう」
バトウは愉快そうに笑った。
そして、ふと思い出したように言う。
「ときに、スブタイ」
「はい」
「知っておるか」
「何をでございます」
バトウは少し得意げに胸を張った。
「奴らは、儂を――」
一拍置く。
「恐怖の王、と呼んでおるそうじゃ」
スブタイが眉を上げた。
「ほう」
「そして、そなたは」
バトウは笑った。
「悪魔の軍師、だそうじゃ」
スブタイは一瞬黙り――。
やがて、声を立てて笑った。
「それはまた、たいそうな名を頂いたものですな」
「そうであろう」
バトウも笑う。
二人の笑い声が、天幕の中に響いた。
だが、その名を口にした者たちにとって――。
それは決して、笑い話ではなかった。
「ユンナ、どうだった」
物見から戻ったユンナに、サイラスが尋ねた。
「モンゴリア軍は、各地で撤退を始めています」
「原因は」
「分かりません」
「ふむ……」
サイラスは腕を組んだ。
しばらく考え込んでから、傍らのガイロへ振り返る。
「何かあったな」
「追うか?」
ガイロが尋ねる。
だが、サイラスはすぐには答えなかった。
「……いや」
「罠かもかな」
「深読みしすぎでは」
ガイロが苦笑する。
「勝ったんだぞ、俺たちは」
「ああ」
サイラスは静かに答えた。
「今まで奴らは、退くふりをして何度も敵を殺してきた」
サイラスは地図へ目を落とした。
「一度勝ったからといって、急に奴らが弱くなったわけじゃない」
ガイロは黙った。
「追えば、待っているかもしれない」
「追わなければ?」
「本当に逃げるかもしれない」
「面倒くせえな」
「そういう相手かもね」
サイラスは小さく息を吐いた。
勝った。
確かに勝った。
だが――。
その勝利が、かえってサイラスを慎重にさせていた。
いや。
慎重というより、過敏になっていた。
モンゴリア軍が動けば、何かある。
退けば、罠を疑う。
止まれば、別働隊を疑う。
何もしなくても、何かを企んでいるのではないかと思ってしまう。
それほどまでに――。
サイラスは、彼らの戦い方を知ってしまっていた。
コメント
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第38話読みました〜!😭✨もうね、バトウ様の決意がかっこよすぎて胸熱です…!「儂は戻らぬ」「父の名を冠した国を建てる」ってセリフ、エモすぎて何度も反芻しちゃった。そしてラストの「恐怖の王」と「悪魔の軍師」の呼び名に笑い合う二人、最高のバディ感じゃないですか!?サイラス側の慎重さも対比になっててグッと来ました。次が待ち遠しいです、眠狂四郎先生!!🔥