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ミケイラ
#ギャグ・コメディ
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田舎町の宿。窓からは僅かに光が漏れ、薄暗い部屋を照らす。じめっとした空気と汗の匂いが鼻にまとわりつく。
「ああっ……ダメっ……♡」
甘ったるく、ねだるような声が静かな部屋に響く。大きく巻かれた長い金髪が、窓から漏れた光に透けて輝いた。
「そこっ……もっと……あぁっ♡」
豊かな胸が揺れ、女は苦しそうに吐息をこぼす。蕩けるような表情だ。彼女の首筋を伝う汗が、俺の脳を刺激する。
「あのー……ローズさん」
俺は女に話しかける。彼女の名前はローズ。一緒にパーティを組んでいる冒険者の一人の女騎士だ。
「うぅん?」
ローズは甘い声で返事をした。俺はため息をつきながら、呆れた顔をしていた。
俺の手は彼女の鎧に触れている。彼女には一切触れていない。鎧を布で磨いているだけだった。俺は手先で器用に鎧の汚れを拭いながら、大きくため息をついた。
(ったく、勘違いされるような声出すなっての……)
「集中できなくなるので、静かにしてもらってもいいっすか?」
彼女は不機嫌そうに俺を睨んだ
――その瞬間。
バン!
ドアが開くと、魔法使いのリコリスが入ってきた。彼女もパーティの一人だ。
「ユウト。カイザーが呼んでるわ」
「あ、あぁ……」
俺は拭いていた鎧を片付け、ローズを置いてカイザーの元へと向かった。
――
バンっ!
机が大きく叩かれ、カイザーが怒鳴り声をあげる。
「お前はクビだ!!」
「……はぁ」
カイザー。
彼はこのパーティの勇者だ。
「お前のスキルは戦闘に役立たない。家事スキルだなんてゴミスキル、俺様のパーティには不要だ!」
体にズンと重く響く大きな声。あまりの不快感に目を細める。すると、部屋にローズとリコリスが入ってくる。
「そうよ。戦闘中いつもあたしたちの後ろに隠れて、男なのに情けないわね」
「いつも私のこと、いやらしい目で見てくるのよ。戦えないくせに」
じっとりとした視線が降り注がれる。学生時代のいじめをしていたリーダーの目つきだ。
「俺様の女に手を出すなんて、許せん!!!!」
(はぁ~~~??? 別にお前の女じゃないだろ???)
俺は、無駄吠えをする大型犬を見るような目で彼を見つめた。
(こういうクレーマーは、逆らわない方がいい……)
「とにかくお前はクビだ! 一緒にこの世界に来た義理でここまで一緒にいてやったが、もう十分だろう! 早く出て行け!!」
(まぁ、今いる村なら安全そうだし、頃合いか。)
「あ、はい。お疲れ様でしたー」
俺はさらりと言って、カイザーに背を向けた。背後から何やら怒鳴り声が聞こえていたが、俺は無視して扉を出た。
――
外は明るかった。
あの薄暗い部屋と違って、清々しく活気に満ち溢れていた。深呼吸をすると、澄んだ空気が肺に入ってくる。
「あーあ、ブラックバイト、やっと辞められたわ。やれやれ……」
腕を回しながら大きなため息をついた。
俺の名は、真白優人。
ひょんなことから、この世界に来てしまった。
――数日前。
「兄貴!」
満面の笑みを浮かべて走ってきたのは、一番下の弟だ。
「僕、就職できたよ! 兄貴のおかげだ!」
あまりにも明るい声に釣られて、笑みが溢れた。
「おぉ! よかったな、勇太!」
「うん!」
うちは母子家庭で四人兄弟だった。母親一人で育てていくには無理があった。幼い頃から家事を任され、中学卒業したら就職して弟たちの学費を稼いでいた。
家族の笑顔を見るのは好きだが、友人と遊ぶことも将来の夢も諦めてずっと支え続けてきた。思わず目頭が熱くなる。
「よかったな、勇太。本当に良かった……」
自らを犠牲にしてがむしゃらに生きてきた人生が、やっと報われた。
弟も妹もみんな優秀だ。俺が必死に学費を稼いだので、大学や専門学校を出て立派な仕事に就くことができた。
(俺は……)
中卒で小さな便利屋で働いていた。上司からは可愛がられていたが、変な客を引くことも多かった。
その日、変な客に絡まれていた。
アパートの退去の仕事だ。社宅なのだろうか、8階建ての大きな建物だ。築何年だろう。
エレベーターはなく、薄暗い廊下から外へ剥き出しになった階段を上る。一歩踏み出すたびに錆びて軋んだ音が足元から響いた。
依頼主の部屋は異常な空間だった。
中には床が見えないほど物が散乱しており、油ぎった汗と腐った食べ物の臭いがする。思わず顔を顰めた。よく見ると黄ばんだ液体の入ったペットボトルまで並んでいる。
(あぁ……気持ち悪いな)
「おいっ! 何て言った? お前、もう一度言ってみろ」
粕谷カズオ。53歳。禿げた中年太りのおっさん。この部屋の契約者だ。そして今回の依頼主。俺は大きくため息をつく。
「この状態だと、退去までに三日かかります。あと割増料金になるっすね」
「ふざけんなよ! 三日だと!? 今日中に終わらないと、こっちは困るんだよ!」
「無理っす。現場の判断じゃどうにもならないんで、一旦会社に戻って上司と相談します。管理会社にも連絡入れておいてください」
(……はぁ。会社に電話して、この案件は代わってもらおう。めんどくさすぎるだろ)
おっさんに背を向け、報告のためにスマホを片手に階段へ向かう。すると、背後から怒りに任せた足音が迫ってきた。
「勝手に帰るなよ、クソ野郎! まだ話は終わってねえんだよ!」
おっさんは叫びながら、俺の胸ぐらを掴んできた。
(なんだこいつ……!)
必死に抵抗すると、取っ組み合いになった。
おっさんの目は血走り、後がないような必死さだ。全身から汗が吹き出してくる。
(殺される……!)
「何するんすか、警察呼びますよ!?」
「クソ野郎、調子に乗んな!」
凄まじい力で胸倉を押され、俺の体は階段の下へと放り出された。
(しまった……!)
抗う術もなく、背中からコンクリートの段差に叩きつけられる。
視界が激しく回転し、最後に後頭部が激突した。目の前が真っ白になる。遅れてやってきた凄まじい激痛に、呼吸が止まる。
(あ……死ぬ)
霞む視界の先、階段の上にいたおっさんが勢い余って激しくよろめいた。
バキッ!
嫌な金属音が響く。
長年放置され、腐食していた手すりの根元が、おっさんの巨体の重みに耐えきれず、根元からへし折れた。
「う、うわあああっ!?」
おっさんはそのままの勢いで、八階の高さから真っ逆さまにコンクリートへ凄まじい音を立てて叩きつけられた。
おっさんの動く音は聞こえない。俺もまた、動くことはできなかった。
(……こんな所で……終わるなんて……)
視界が急速に暗くなり、俺の意識は深く沈んでいった
――
気づいたら俺は知らない空間にいた。どこまでも続く白い空間。
打ったはずの頭は不思議と痛くなかった。辺りを見回すと、あの忌まわしいおっさんもいた。
(……なんだよ、ここ)
「んだよ!!! ふざけんな」
おっさんも起き上がったようだ。すると、目の前に神々しい光を纏った女性が現れた。
「誰だよ、お前!」
「私はこの世界の神です。貴方たち二人とも命を落としました」
「はぁ!? 死んだって???」
相変わらずおっさんは怒鳴り散らしている。
俺は即座に家族のことを思い出す。
(俺が死んだら……家族はどうなる……?)
一番下の弟がついに就職した。もう学費に困ることもない。
(それに俺が死ねば、会社から手厚い労災と死亡保険金が下りて、母さんの老後も安泰なんだよな……)
震える手を強く握りなおす。
(思い残すことはないはずだ……でも……)
「実は貴方たちにお願いがあるんです。世界を救って欲しいのです。魔王に侵食された世界を救ってください。魔物と魔王を倒すのです」
「けっ!! そんな言うこと聞いてられっかよ。俺様はとっとと元の世界に戻るぜ」
おっさんはまだ怒鳴り続けている。
「死んでしまった肉体は元に戻せません。もし私の願いを叶えてくれるのなら、次の世界で役立つスキルと願いごとをひとつ叶えましょう」
「なんだと!?」
おっさんは女の方を向く。
「貴方は生前、どんな力がありましたか?」
「俺様はなぁ、腕っ節には自信があるんだ。今はこんな姿だけどよ、若い頃はそりゃあ美人にモテモテで……」
(嘘つけ)
俺は心の中で思わずツッコミを入れてしまった。どう考えても油にまみれたあの顔からは、モテている姿が想像できない。
「腕っ節ですか。いいですね。それでは貴方には剣聖というスキルを付与しましょう。」
「剣聖? 強いのか、それは」
「はい、最強のスキルです。願い事はどうしますか?」
「若い頃に戻してくんねぇかな、どうせ強くなるなら若返りてぇ」
「はい、昔はどんな姿でしたか?」
「身長は180cmで、スラっとした体つきで、顎もシュッとしてな。髪はサラサラの金髪で……」
(絶対嘘だろ)
今の姿からは想像できない容姿を話し始め、俺は呆れた顔をした。すると、おっさんの体が光り輝き、姿が変わっていった。
「おぉ!! 体が軽い!!」
その姿を見て、俺はぎょっとした。おっさんの姿が、先程の希望通りの姿になっていたのだ。
(おいおい、マジかよ。本当に叶うのか……!)
「貴方は勇者になるといいでしょう。剣と盾もお渡しします」
キラキラのイケメンになったおっさんの服装が変化し、勇者の見た目になった。
「これが、俺様の姿……!」
「次の世界では何て名乗りたいですか?」
「俺様は粕谷カズヤ……いや、カイザーだ!!」
(痛すぎるだろ……)
心の中で突っ込んでいると、女がこちらを向いた。
「貴方はどうしますか?」
「あぁ、俺はユウトでいいっすよ」
「ではユウト様、希望の願いとスキルを……」
俺は考えた。正直やりたいことなんてない。それに、新しい世界とやらでも何かに縛られるのは嫌だ。
……そして何よりも、残した家族が気がかりだった。
「……俺は」
拳を握りしめた。そして、覚悟を決めたように話す。
「残した家族に、一生遊んで暮らせるくらいの幸運と金を送ってやってください」
呟くように小さな声だった。
「……弟も就職決まって、これからは兄貴の自由に生きてって背中押してくれましたし。あいつらが俺の分まで笑って暮らせるなら、それでいいっす」
「随分とすごいことを言いますね。可能ではありますが」
(……よかった)
ほっと胸を撫で下ろす。
「あ、魔王は倒してくださいね。スキルはどうします? 生前得意だったものは?」
(得意なもの……)
俺は家族のために、家事と便利屋の仕事に打ち込んだだけだ。来る日も来る日も歯を食いしばって、掃除したり草むしりしたり。
「……ありません」
「それは困りましたねー。付与できるスキルがありません。何か本当にないですか?」
必死に思い出す。
何かなかったか……
(俺は、美味しいご飯を作って喜ぶ弟たちの顔を見るのが好きだった。部屋を綺麗に掃除して喜ぶ母の顔が好きだった。)
「……家事」
「か、家事!? ん、まぁ、なんとかスキルとして家事を……」
(待て。家事スキルなんて役立つのか? 魔王を倒すとか言ってなかったか……?)
「待って、やっぱりスキルは……」
言いかけた瞬間、俺とおっさんの体が眩い光に包まれた。
そう、俺は家事スキルという何に役立つかわからないゴミスキルで、この異世界に転生してしまったのだ。