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田舎町の宿。窓からは僅かに光が漏れ、薄暗い部屋を照らす。じめっとした空気と汗の匂いが鼻にまとわりつく。
「ああっ……ダメっ……♡」
甘ったるく、ねだるような声が静かな部屋に響く。大きく巻かれた長い金髪が、窓から漏れた光に透けて輝いた。
「そこっ……もっと……あぁっ♡」
豊かな胸が揺れ、女は苦しそうに吐息をこぼす。蕩けるような表情だ。彼女の首筋を伝う汗が、俺の脳を刺激する。
「あのー……ローズさん」
俺は女に話しかける。彼女の名前はローズ。一緒にパーティを組んでいる冒険者の一人の女騎士だ。
「うぅん?」
ローズは甘い声で返事をした。俺はため息をつきながら、呆れた顔をしていた。俺の手は彼女の鎧に触れている。彼女には一切触れていない。鎧を布で磨いているだけだった。
部屋の扉の方から、宿の主人が怪訝な表情でこちらを覗き込んでいるのが見えた。
廊下を通りがかった他の冒険者たちも、俺たちの部屋の前を通るたびに足早に去っていく。どうやらここから漏れる音は、完全にいかがわしい営みとして思われているらしい。
(あーあ、またか。俺はただ、しつこい泥汚れを落としているだけだってのに……)
俺は手先で器用に鎧の汚れを拭いながら、大きくため息をついた。
(ったく、勘違いされるような声出すなっての……)
「集中できなくなるので、静かにしてもらってもいいっすか?」
彼女は不機嫌そうに俺を睨んだ。
――その瞬間。
バン!
ドアが開くと、魔法使いのリコリスが入ってきた。彼女もパーティの一人だ。
「ユウト。カイザーがお呼びです」
「あ、あぁ……」
俺は拭いていた鎧を片付け、ローズを置いてカイザーの元へと向かった。
――
部屋に入った瞬間、空気が凍りついた。目の前の男が、俺の荷物を袋ごと足元に放り投げた。少し空いた袋から中身が散乱した。
「お前はクビだ!!」
バンっ!
机が大きく叩かれ、男が怒鳴り声をあげる。
カイザー。
彼はこのパーティの勇者だ。彼は俺をゴミを見るような目で見下ろしていた。
「お前のスキルは戦闘に役立たない。家事スキルだなんてゴミスキル、俺様のパーティには不要だ!」
体にズンと重く響く声。あまりの不快感に目を細める。
「……はぁ。で、俺の代わりは見つかったんすか?」
「あぁ? そんなこと俺に聞くな!」
カイザーが怒鳴ると同時に、ローズとリコリスが俺の逃げ道を塞ぐように立った。ローズが俺の足元に転がった荷物を踏みつけた。
「ちょっ、それ俺の……」
「何? こんなものゴミでしょ?」
「ようやく気づいたんですね。カイザー。あの方は戦闘中はいつも私たちの後ろに隠れて荷物持ちにしてるだけです。男なのに情けないですわ」
リコリスが呆れたように鼻で笑った。隣でローズも、汚物を見るような目で俺を見下ろす。
「ええ。それに、掃除のふりをしてはいつもあたしのこと、いやらしい目で見てくるのよ。戦えないくせに、変な妄想ばかり膨らませて……本当に不快だわ」
じっとりとした視線が降り注ぐ。学生時代のいじめをしていたリーダーの目つきだ。するとカイザーがこちらにズカズカと歩いてくる。
目が血走っており、怒りが収まらないようだ。
「俺様の女に手を出すなんて、許せん!!!!」
(はぁ~~~??? 別にお前の女じゃないだろ??? それに手出ししてないけどな!)
そう言って、カイザーが俺の襟首を掴み上げ、床に叩きつけた。
「……痛っ」
背中に衝撃が走り、空気が漏れる。
ローズとリコリスのくすくすという笑い声が聞こえてくる。
(いや、マジで被害妄想だろ……)
俺はゆっくりと立ち上がって、無駄吠えをする大型犬を見るような目でカイザーを見つめた。
「家事スキルだなんて役に立たないゴミスキルで、俺様のパーティに寄生しやがって……」
「はぁ……すんません」
(こういうクレーマーは、逆らわないで大人しくしている方がいい……)
思わずカイザー達の生活スキルを頭に浮かべる。
料理もできず、掃除もしない、ゴミすら捨てられないパーティだ。俺がいなかったら今頃どうなっているだろうか。
(……まぁ、形だけ謝っておくか)
俺は申し訳程度に頭を下げる。
その無抵抗な俺の態度が気に食わないのか、カイザーの罵倒はさらにエスカレートしていった。
彼は机をガンガンと蹴り飛ばし、大声を張り上げた。
「とにかくお前はクビだ! 一緒にこの世界に来た義理でここまでいてやったが、もう十分だろう! 早く出て行け!!」
(まぁ、今いる村なら安全そうだし、頃合いか)
「あ、はい。お疲れ様でしたー」
俺はさらりと言って、カイザーに背を向けた。
「あぁ!? それだけかよ、ちょっと待てよ、おいっ!!」
背後から何やら怒鳴り声が聞こえていたが、俺は無視して扉を出た。
外は明るかった。
あの薄暗い部屋と違って、清々しく活気に満ち溢れていた。ゆっくりと深呼吸をすると、澄んだ空気が肺に入ってくる。
「あーあ、ブラックバイト、やっと辞められたわ。やれやれ……」
腕を回しながら俺は大きなため息をついた。
俺の名は、真白優人。
ひょんなことから、この世界に来てしまった。