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「――臨界突破反応だと!?」
丁度裏門から出た所で、時雨が異変に気付き振り返る。
反応が在った場所は――仲介室内より。
時雨は念の為、室内に危機状況があった時、それを感知する為の機能をサーモより個別指定で設置していた。何か異変が起きた時、すぐに駆け付けれる為だ。
「……違う、琉月ちゃんじゃねぇ。誰だ?」
敵はこれまで反応無き者。それが突然反応を示したという事は、考えられる事は一つしかない。
それにしても――早過ぎる。室内より出てから、殆ど間も無い襲撃。明らかに彼女が一人になるのを、見計らって狙われた事が。
敵はどれだけ此方の状況を熟知しているのか、今更ながらに時雨も思い知らされる事になった。
「やべぇ……」
時雨は心音が高鳴るのを感じ、背筋には悪寒が駆け抜けていく。
未知の臨界突破者と会敵し、想像するは最悪の事態。
「どうしたの~? いきなり立ち止まっちゃったりして」
先に裏門を出ていた悠莉が、着いて来ない時雨を怪訝に振り返った。同時に幸人も振り返る。
「急いで戻るぞ! 琉月ちゃんが危ねぇ!!」
「えっ?」
聞き返す間も無く、時雨は駆け出す。
「――敵だよ馬鹿!」
駆け出しながら時雨はその主旨を吐き捨て、校舎内へと消えていった。
「敵って……ルヅキ!」
「戻るぞ!」
悠莉も気付いた、その意味に。当然幸人も。
“無事でいてルヅキ!”
二人は――特に悠莉は焦燥感に駆られながら、時雨の後を追う。
――時雨は校舎内を駆け上がり、仲介室の在る二階へと急ぐ。
「くそ! 俺とした事がっ――」
室内まで『分子配列相移転』で移動した方が一瞬で済むのだが、時雨は焦りからか既に冷静な判断を下せないでいた。
仲介室の扉が見えてきた――が、扉を開けて悠然と出てくる人物に、時雨の思考は沸点に達した。
――遅かった。もう事は終わった後だったのだ。
「てっ――めぇぇぇぁぁ!!」
時雨は言語にならぬ絶叫と共に飛び掛かり、その人物を締め上げる。
「琉月ちゃんをどうしやがった! あぁっ!?」
その優雅なブロンドの髪が返り血に染まっているのがまた、最悪の状況を想定した時雨の苛立ちに拍車を掛けた。
「…………」
彼は――シオンは答えない。というより、何処か様子がおかしい。
シオンは時雨を見ていない――というより、目の焦点が合っていない。
「ばっ……化け物っ――!」
呆然自失とした表情で、虚げに呟かれた声。
「あぁ?」
時雨は意味が分からなかったが次の瞬間、まるで内部が破裂でもしたかのようにシオンの目、鼻、耳、口とあらゆる顔面の孔から血を吹き出し――沈黙。
「…………はぁ?」
流石に意味が分からず、時雨は絶句。シオンは完全に絶命している。
「――ルヅキぃぃ!」
少し遅れて二人も到着した。
「えっ? ルヅキは?」
悠莉としてはてっきり、敵を時雨が倒した後だと思っていたのだ。
「…………」
自然と三人の視線が向かうは、室内へ続く開かれた扉。
踏み入れたその先に見た光景は――
「琉月ちゃん!」
琉月が居た。無事だったのだ。彼女は何事も無かったかのように腰掛けて、机上のパソコンに向かっている。
「あっ! 戻って来てくれたのですね」
集中していた琉月も、彼等に気付いて顔を上げた。
一同唖然としてしまったのは、彼女が無事だった事でも素顔を晒した姿があったからでもない。その室内の異様な光景にだ。
「ルヅキ~! 無事で良かったよぉ……」
悠莉だけはその光景には目もくれず、無事に安堵し彼女の胸に飛び込んでいた。
「大丈夫よ。私はまだまだ、そう簡単にはやられません」
美しくも穏やかな表情で、琉月は胸に埋めている悠莉をあやしている。
その微笑ましい光景と、室内の異様な光景との落差がまた、絵になるような不思議な感覚に陥ったものだ。
室内の至る所には血痕が飛び散り、辺りには人と思わしき原型の無い肉塊が無数に散らばっており、むせかえるような鉄の臭気が充満している。
訊くまでもなく敵だろうが、正式な人数は“数えきれない”。
実際の凄惨な惨殺現場に出会したら、此所こそが正にそうだろう。それ程の惨状だった。
――それにしてもだ。琉月が襲撃を受けてから、殆ど間も無かった筈。
「さ、さすが琉月ちゃん。あはは……」
時雨は我に返ったかのように、ひきつった面持ちで苦笑した。
忘れていたのだ――琉月の真の力を。相手がどれだけ得体が知れなかろうが、彼女の前では赤子も同然だという事に。
「いやぁ……焦ったよマジで。ま、まぁ琉月ちゃんなら当然だったね」
つまり琉月に関しては、最初から何も心配無かったのだ。
「それでも駆け付けてくれた……。ありがとう」
それでもその気持ちが嬉しかったのだろう。琉月は裏の顔としてではなく、本心で御礼を述べる。
「い、いやそんな! 守るって約束だし、当然だよ。うん」
室内が再び和気藹々とした、以前の空気に戻ったが――幸人だけは違った。
「オ……オイ幸人」
左肩で固まっているジュウベエが、そっと耳打ちした。
「とんでもねぇな……」
「あぁ……」
ジュウベエの言いたい事は分かっている。琉月を襲ったこの連中は、全員只者ではなかった筈だ。
特に仲介室より出て来た人物。あれが相当の実力者だっただろう事は、一見しただけで感じられた。
“それをこうまで容易く”
幸人は誰もが魅入られてしまいそうな程に美しい、琉月の無傷な素顔を見る。その美しさに隠された、恐るべき力の裏を。
その真の実力は恐らく、SS級と同等かそれ以上の可能性も。味方としてはこれ程頼もしい存在もないが、もし敵に回せば――
「そうそう、判明しましたよ」
不意に琉月が声を上げる。幸人も我に返り、すぐにその可能性を否定した。
“敵は狂座ではなく奴等”
今は一丸となって敵と闘う。それだけだ。もしもの可能性を考えるのは馬鹿げた事だ――と。
「狂座の敵。彼等は『ネオ・ジェネシス』という名の組織――」
琉月はシオンから引き出した内容を、全て三人へ説明した。