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(――エキストラでって、言われたけど、これ絶対……)
「ゆ、ゆず君。これ、違うよね」
「あっ、ごめんなさ~い。聞き間違えてました。エキストラいらないですね。一般人参加も取りやめになったらしいです」
「いやいやいや……」
はじめからそんな予感がしていた。
エキストラ、一般人参加もOKなんてもっと前から募集をかけるものなんじゃないかと。撮影現場にいるのは、プロの人達だらけで、新人らしい様子であたふたしている人もいたが、全員がその業界のプロ達だった。俺なんて、場違いすぎて何でここにいるのか分からない。
(だよね、嘘……だよね)
恐れ多すぎて、何も言えないし、嘘をついて、連れてきたゆず君の真意も分からない。だから、ただ空気になって端っこの方に避けていないといけないのだ。
撮影現場の外に、ちらほらと野次馬が見えたから、そこに紛れた方が良いんじゃないかと思うくらいには、俺は場違いだった。
「ゆず君」
「何ですか? 紡さん」
「いや……何でもない」
嘘ですけど何か? みたいな顔をしているのに、無駄にキラキラしていて、咎める気も全て失せてしまった。さすがゆず君、何て思いながら、俺は、今日何度目か分からないため息をついて、撮影現場に目を向ける。自分とは違う世界。馴染みのない世界にいきなり放り出されて、異世界かとも思ってしまう。
でも、これがゆず君の現実。
「そういえば、何で休業してたの」
「ん? 僕の話ですか」
「そう……ゆず君、演技得意だから……何で、休業してたのかなあって。病気じゃないんだよね」
「まあ、そうですね。強いていうなら、いやだったから休業してたって感じですかね」
と、ゆず君は何処かぶっきらぼうに答えた。まるで、その話は振るなというような感じで、つまらなそうに目を細める。
ゆず君にも踏み込まれたくないラインがあるんだなあ、何て感じつつ、俺は、そんな態度を取られると、ますます気になってしまい、ダメだとは思いつつも聞いてしまう。
「じゃあ、何で今回でようと思ったの? オファーきたから?」
「……親が煩かったんで。まあ、すねかじってずっと生きていけるわけじゃないですし。何でも、この映画の監督が、助演は祈夜柚じゃ無きゃやらないとか言って、ストライキ興しかけたというか、何というからしくて。映画って、色んな人の思いとか、お金とか、時間とか詰まってるんで、放り出されるのってあれかなって思って」
「優しいんだね」
「その業界のこと知ってるから、仕方ないって感じですかね」
そんな風にゆず君は言う。でも、心底嫌そうで、本当は、やりたくないという風にも見えた。あんなに才能があってやりたくないってよっぽどのことがあったのだろうか。
俺には、才能があってやりたくない理由って分からなかった。俺は凡人の部類だと思うし、だからこそ、ゆず君の考えているつらいを理解できない。理解してあげたいけれど、きっと俺には一生分からない世界だと思う。
力になれないな、と打ちひしがれていれば、ゆず君は何かを思い出したかのように口を開いた。
「紡さんは、僕の演技どう思いますか」
「どうって?」
「気持ち悪くないですか?」
「え、気持ち悪い?」
俺が繰り返せば、コクリと頷くゆず君。
そんなこと考えたことなかったし、気持ち悪い演技なんて彼が俺の前でしただろうかと考える。でも、記憶にない。けれど、彼は何か、自分の演技に対していって欲しい、という風に、俺の方を見てくる。
それが、大きな悩みだとでもいうように。
俺は、少し考えて、これまでのゆず君の演技を思い出した。彼の、子役時代とか、最近出たドラマとか全然チェックしていないけど、俺と出会ってからのゆず君のことを思いかえす。
「ゆず君は、役になりすぎてるっていうか、役になっちゃうっていうか、ゆず君っぽくないな、ゆず君じゃないなって思うときある……かな」
「……」
「素人だから、分からないけど、それって凄いことなんだろうけど、祈夜柚っていう俳優のすごみだと思うけど、そこにゆず君がいないっていうか。ゆず君自体が、舞台とかドラマのために消えちゃうっていうか。そんな感じ。俺は、だから、本物のゆず君が分からなくなっちゃうんだ」
「そう、ですか」
「ああ、ごめんね。こんなこと……でも」
俺は、フォローなんて、特別入れるのが上手いわけじゃないけど、これだけはいわせて欲しい、と言葉を紡ぐ。
「ゆず君が笑った顔、凄く好き。前に見せてくれた笑顔。あれが、ゆず君に一番似合ってると思う。ゆず君、素のゆず君っていうか。何も演じていない、ただの祈夜柚が、俺は好き」
「紡さん……っ」
光を帯びて、流れ星が落ちるように宵色の瞳が一瞬輝いた。
ゆず君は何か言いたげに、俺の服を掴み、口を動かした。そして、次の瞬間一音目を発しようとしたとき、声がかかる。
「祈夜、ここにいたのか」
スッと俺達の世界に入ってきたのは、銀髪の、深いサファイアの瞳を持つ青年……ゆず君と同じ、同年齢の俳優・眞白レオだった。