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翌日。
今日はいつもどおり出勤。
指はすっかりよくなっていた。
けれども、とってもゆううつだ。
晴友くんに、どんな顔をして会えばいいんだろう…。
「おつかれー日菜ちゃん!」
ホールに入る早々、美南ちゃんがにこやかに迎えてくれた。
「昨日はごめんね、急を思い出しちゃってさー。で、晴友とはどうだった?」
どう、と聞かれてもな…。
わたしは笑顔をつくった。
「実はね、昨日はすごい人に会っちゃったの。愛本カンナさん。すごいよね…!晴友くんってあのカンナさんと幼馴染だったんだね」
「カンナに??」
予想していなかった答えだったのか、美南ちゃんは目を丸めた。
反応をみると、美南ちゃんも知り合いなのかな。
「うん。テレビで観るよりずっとキレイな人だったよ。すごいね、あんな有名人なのに、みんな知ってるんだね」
「ここで一緒に働いていたからね。偶然お店に来ていたスカウトマンに目をつけられてそのままデビュー。今じゃ別世界の人」
美南ちゃん最初の元気はなくなっていた。
なんだか気まずそう…気のせいかな…。晴友くんのカンナさんへの気持ちを、知っていたから、かな…。
ある日突然、芸能界入りか…。
晴友くんどんな気持ちだったのかな。
好きな子が突然遠くに行ってしまうなんて…。
「美南、食材きれたからちょっと買い物行って…あ」
すると、晴友くんがキッチンからやってきた。
ずきり、と胸が痛む。
でも…昨日お兄ちゃんがひどいことをしたのは謝らなきゃ。
晴友くんはわたしを見るなり、少し戸惑った表情を見せた。
こころなしか、顔色が悪い。目の下には…クマ?
「昨日は…大丈夫だったか?」
「そ、それはわたしのセリフだよ…!昨日は本当にごめんね。お兄ちゃんがひどいことをして…」
「いや。でも驚いた。まさかおまえの家があの『ラ・マシェリ』の経営者だったなんて」
「ごめんなさい…。内緒にするつもりはなかったんだけれど…」
まさか晴友くんがお兄ちゃんに憧れていたなんて、思わなかったから…。
晴友くんの方がお兄ちゃんより、ずっとたくましくてかっこいいんだけどな…。
「大丈夫なのか?こんなところでアルバイトなんかして」
「うん…。それはちゃんとお父さんやお母さんに認めてもらっているからいいの。ただ、お兄ちゃんだけは…。お兄ちゃんはやさしくて、昔からいつもわたしのことを大切にしてくれるのはいいんだけれど、最近、それがエスカレートしてきて…」
「まぁ…そうだろうな…」
わたしを見つめながらつぶやく晴友くんだったけれど、少し間を置くと、ぽつりと言った。
「おまえ、もうここに来るのはやめた方がいいんじゃ」
「だ、大丈夫だよ!」
続きをさえぎるように、わたしは明るい声で言った。
「大丈夫、お兄ちゃんのことはわたしの問題だもの。自分でなんとかするね。きっと、わたしがもっとしっかりすれば、お兄ちゃんだってわかってくれると思うから」
と言っても、全然自信が無かった。
カンナさんのダメージが大きい今のわたしに、お兄ちゃんを説き伏せるられるような気力は湧いてこなかった。
お兄ちゃんといい、カンナさんといい…想定しなかった大きな障害に、わたしの小さな恋は押し潰されてしまいそうだった…。
カランっ!!
その時、お店の扉が勢いよく開いた。
まだ開店時間じゃないんだけれどな…とわたしは扉へ駆け寄る。
自信にあふれた様子で入ってきた女のお客さまは、ふふ、と形のいい口元をゆがめると、サングラスを外した。
「…カンナ!?」
ウワサをすればなんとやら…。
現れたのは、あの愛本カンナさんだった!
「ひさしぶりーっみんなっ!今日はお客さまとして来てみましたーっ!って、きゃー!晴友―ぉ!!」
ドンっ!とわたしを押し退けて、カンナさんは晴友くんに抱きついた。
「カンナ!?なんでお前がここに?」
「息抜きにーぃ。昨日会えたのがうれしくてぇー。もうこれは神さまが『行きなさい』って行ってるのかなと思って来ちゃった」
と、晴友くんにベタベタ抱きつくカンナさん。
グラビア表紙で見かける大きな胸を押し当てているのが目に入って、思わず視線を外した。
「お客で…って、まだ開店時間になっていないでしょ」
美南ちゃんが少し尖った口調で言った。
「だってーぇ、営業時間に来たら、他のお客さんに気づかれて迷惑になっちゃでしょー?ひさしぶりにみんなにも会いたかったし、つい来ちゃったの!」
ズキ…と胸は鈍く痛む。
カンナさん…一番の目的は晴友くんに会うことなんじゃないかな…。
「っそ。あいにく、今日は拓弥と暁兄は休みだけど、食ったら帰れよ。なに食いてぇの?今下準備で忙しいから凝ったのは作ってやれねぇけど」
晴友くんは照れているのか、冷静だった。
すっとカンナさんの身体を押しのけると、カウンターへ行く。
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