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「おまえ、ココア好きだったよな。生クリームたっぷり入れたヤツ。作ってやるから座ってろよ」
「んー…。エスプレッソで大丈夫」
「…ああ、そうだったな。はいはい」
くるり、と踵を返すカンナさん。
ぱちり
わたしと目が合った…。
えっと、お席にご案内しなきゃ…。
「ご、ご案内しますね…」
「わー美南ーっ!」
小さかったけど、わたしの声は聞こえたはず。
けど、カンナさんは見事にわたしを無視すると、後ろにいた美南ちゃんへ駆け寄った。
「その制服新しくなったよねー?ちょーかわいいんだけどー!!美南にすごく似合ってる!さっすが祥子ちゃん、センスいい!」
「あ、ありがと。…カンナもだいぶ変わったね。もうすっかり芸能人って感じで」
「そう?もう事務所があれしろこうしろってうるさくてさー」
とカンナさんは好きな席にさっさと座ってしまう。
晴友くんがエスプレッソラテを持って来た。
わ…ラテアートもしてある。手の込んだデザインは、わたしが知らないメニューには出していないもの…。
「わー昔よく作ってくれてたやつだよね!ありがとっ!晴友」
ズキ、とかすかに胸が痛んだ。
わたしが知らない、幼馴染のふたりにしか知り得ないことを見せられて…。
「ねぇね、まだイベントとかやってるんでしょ?ベイエリアサマーフェスタ近いけど、今年も開店記念やるの?」
「ああ」
「また衣装揃えるんでしょ?」
キラキラした目で訊かれて、美南ちゃんがうなづいた。
「いいなぁ!私もまざりたーい!ねぇね、イベントの日、私も手伝わせてもらえないかなー?」
「え?」と晴友くんと美南ちゃんは顔を見合わせた。
「おまえ、仕事はどうするんだよ。一日だって休み取るの難しいだろ」
「無理矢理もぎとるー。ね、いいでしょー?」
「…はぁ?」
「もちろん、バレないように変装して、店に迷惑かけないようにするからぁ」
「だめよ、環奈」
そこでピシャリと言ったのは、祥子さんだった。
様子に気づいてキッチンから出てきたみたいだ。
「祥子ちゃーん!ひさしぶりぃ!」
「ひさしぶり環奈。…すっかり芸能人さんね」
「ふふふ。でしょ?ありがとう!
でもね、本音を言うとちょっと疲れてきちゃって…。息抜きにまた昔の頃みたいにみんなと一緒に働きたいなぁって思ったの。ねーだめ?」
「あなたの息抜きになるほど、わたしの店はいい加減な経営をしてないのよ、環奈」
祥子さんの口調は厳しかった。
その雰囲気に反抗するように、カンナさんは声を尖らせた。
「ちょっとくらいいいじゃない、ケチ」
「ケチとかの問題じゃないの。あなたはもう立派な芸能人、社会人なのよ?たくさんの人と関わって、いろんな人に支えてもらっているの。わがまま言って迷惑かけてはダメよ」
「迷惑なんてかけないって言ってるでしょ!?」
「だめ」
祥子さんの口調は厳しかった。
有無を言わせないその雰囲気に、カンナさんはむっとなった。
「姉貴の言うこと、大人しくきいたほうがいいぞ」
そんなカンナさんに、晴友くんもさらりと言った。
「おまえはもう俺たち一般人とはちがうんだ。自分の将来のためにもヘンな気は起こすな」
「な…」
そっけない口調だったけれど、そこに晴友くんのやさしさが表れているのが、わたしにはわかる。
晴友くんだってきっとカンナさんに再会できてうれしいはず。
でも、わざと冷たい態度をとっているんだ。
芸能人のカンナさんのためへの、愛のムチというやつなのかな…。
「なによ…みんなして意地悪言って…!わたしが有名人になったからって、嫉妬でもしてるわけ…!?」
「してねーよ、バカ」
晴友くんはふぅと溜息をつくと、
「あ、てか俺、買い物行くつもりだったの忘れてた。エスプレッソは美南に出してもらえよ」
「えー!晴友がいい!」
「…開店時間が迫ってんだよ」
「ちょ…待ってよ…!せっかく、晴友に会いに来たのに…!!」
晴友くんはお店を出ようとした。
けど。
不意に立ち止まると、振り返らずにカンナさんに言った。
「みんなおまえの成功をうれしく思ってるよ。俺もおまえの活躍を毎日たのしみに見ている。…ま、本音を言えばちょっと焦っているけどな」
「晴友…!」
「早く帰れ。おまえの居場所はもうここじゃないだろ」
そうして出て行った晴友くんに、どんな思いがあったのか…わたしには容易に想像できなかった。
カンナさんは大きな目に涙を溜めて、みんなをにらみまわした。
そして、最後に思いっきりわたしにキツいまなざしを向けると、なにも言わずにお店を駆け出て行ってしまった。
「やれやれ、困ったものね…」
溜息まじりに祥子さんが続けた。
「あの子、芸能界に入ってすっかり変わっちゃったわね。前はあんな風にわがままじゃなかったのに」