テラーノベル
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その日の夜、花梨の元彼の恋人・酒井莉子は、ターミナル駅の前で誰かを待っていた。
莉子は相変わらず夜遊びばかりで、まともに卓也と顔を合わせていなかった。
「19時の約束なのに遅いわね……」
今夜、莉子はマッチングアプリで知り合った男性と会う予定だった。
彼女は柊に振られてからというもの、いくつものマッチングアプリに登録し、何人もの男性と会っていた。
花梨と柊がいい雰囲気なのがどうしても許せない莉子は、何がなんでも柊よりも『いい男』を見つけるつもりでいた。
(花梨先輩のそばに、あんなハイスペックな男がいるなんて許せない! だったら、あれ以上の男を見つければいいのよ!)
そう思いながら、莉子は意気込んでいた。
会う予定の男性から何か連絡が来ていないかと、莉子が携帯を見ようとした瞬間、突然声が響いた。
「酒井さん?」
「はい……」
莉子が顔を上げると、そこには見ず知らずの男性が立っていた。
「えっと……」
「加藤だよ、加藤!」
「えっ?」
そこに立っていたのは、マッチングアプリのプロフィール写真とはまったく違う男性だった。
「えっと……加藤宏斗(かとうひろと)さん……ですか?」
「そうそう。初めまして!」
莉子はその言葉にギョッとした。
(写真と全然違うじゃない!)
宏斗のプロフィール写真は、逆光で顔がはっきりとは写っていなかったが、雰囲気が莉子の好きな俳優にとてもよく似ていた。
だからこそ、莉子も会う気になったのだ。
しかし、今目の前に立っている男は、どう見てもその俳優には似ても似つかない。
それどころか、ブスを売りにしているお笑い芸人にとてもよく似ていた。
「広告代理店を経営していらっしゃる加藤さんですよね?」
「まあ、広告代理店って言っても、中小だけどね」
(え? 話が違うわ! 大手一部上場の広告代理店って言ってたのに……)
「えっと……プロフィールには、確か大手の広告代理店って書いてあったような?」
「あれ? 言わなかったっけ?」
「何をでしょう?」
「あの大手広告代理店とは、たまに仕事で絡むだけなんだ。まあ、こういうマッチングサイトで女性に目を留めてもらうには、多少嘘もつかないとね。男性側は、競争力が厳しいんだからさー」
加藤はそう言って笑った。
(はあっ? なんなの、この男!)
「お言葉ですが、プロフィールを詐称するのは規約違反では?」
「あらら、 気を悪くしちゃったかな? まあでも、君だって似たようなもんだろう? 君のプロフィール、別のサイトでも見かけたよ。ああやっていろんなところに網を張って男漁りをしている君も、俺と大して変わらないんじゃないの?」
そう言って加藤はニヤリと笑った。
その言葉に気分を害した莉子は、声を荒げこう言い返す。
「あなたなんかと一緒にしないで下さい! 私はプロフィールを偽ったりはしていませんから!」
「はあっ? 馬鹿じゃないの? あんなサイトで真面目に本当のことを書く奴なんているかよ!」
「そんなことないです。あそこは、ああいったサイトの中ではちゃんとした人が多いって評判だし、真面目な出会いを探している人がほとんどですよ? だから、あなたみたいに規約違反を犯す人なんてほとんどいませんから!」
ムキになって叫ぶ莉子を見ながら、加藤は呆れたように言った。
「真面目に規約を守ってるやつなんていねーよ。それにしても、あんたは大噓つきだな。あのサイトで男と会うのは俺が初めてだって言ってたけど、それって真っ赤な嘘じゃないか!」
「嘘なんてついていません! 適当なこと言わないでよっ!」
「はあっ? じゃあ、あんたが会った拓海(たくみ)はどうなんだ? お前、先週、内科医の拓海と会ってエッチしたんだろう?」
その言葉に、莉子はドキッとした。
確かに莉子は先週、マッチングサイトで知り合った『拓海』という男性と会った。
拓海は内科医でかなりのイケメンだったので、彼女は会ったその日に彼と一夜を共にした。
しかしその後、拓海からの連絡はぷっつり途絶えていた。
「なぜ、あなたがそんなことを知ってるの?」
慌てた莉子を見て、加藤がニヤッと笑った。
「だって、拓海は俺のマブダチだからなー。あいつも俺と一緒で、サイト内でいつも『ヤリマン』を探してるんだよ」
加藤はそう言ってガハガハと下品な笑い声を上げる。
そして、こう続けた。
「あんたさっき、プロフィールに嘘はないって言ってたよな? 勤務先が村田トラスト不動産っていうのは本当なんだろ? だったら、言っちゃおうかなー、おたくの女子社員がマッチングアプリで男を漁ってますよーって」
「や、やめてください! それって、脅迫罪ですよ!」
「俺は脅迫なんてしてねーよ。ありのままの事実を伝えようとしてるだけじゃん」
「卑怯者! そんなことしたら、絶対に許さないから!」
「ははは、あんたが許しても許さなくても、俺には関係ないんだよ。さーて、会社にばらされたくなかったら、ちょっと付き合ってもらおうか」
「嫌です! 誰があんたなんかと!」
「お? じゃあ、会社に全部言ってもいいんだな?」
「駄目よっ!」
「だったら、おとなしく俺の言う通りにしろ!」
加藤は鋭い目付きで莉子を睨むと、彼女の腕を掴んで歩き始めた。
その頃、マンションでは卓也が深いため息をついていた。
(今夜こそ言おう。莉子に『別れよう』って……)
あれからさらに二人の関係はぎくしゃくしていた。
莉子はまったく卓也のことを顧みず、毎日好き勝手に遊び惚けている。
こんな状態では、二人がつき合っている意味はない。
シンクに積み重なった食器を洗いながら、卓也は再びため息をついた。
「このマンションも引っ越すかな……もっと家賃の安いところへ……」
そう呟くと、散らかった部屋を見回す。
莉子が揃えたピンク色のインテリアは、以前は華やかに見えたはずなのに、今はどこか安っぽく感じられて妙に居心地が悪い。
そして卓也は、花梨がこの部屋にいた頃のことをぼんやりと思い出した。
卓也が体調を崩して熱を出した時、花梨は心配して一晩中世話をしてくれた。
花梨が作ってくれる食事はいつも美味しく、家の中はいつも綺麗に片付いていた。
同棲中、この部屋にはいつも笑い声があふれていた。
その時卓也は、別れる少し前に花梨が言っていたことを思い出した。
『ベランダで家庭菜園をやってみようと思うの。とりあえずトマトの苗でも植えてみようかなー?』
食事をしながら嬉しそうに話していた花梨の笑顔が思い浮かぶ。
(苗を買いに行きたいって言ってたのに、連れて行ってやれないままだったな。そんなささやかな願いも、俺は叶えてやらなかったのか……)
そう思うと、目頭が熱くなってきた。
彼は力を込めてギュッとスポンジを握りしめると、潤んだ瞳のまま静かに皿を洗い続けた。
コメント
17件
今頃気が付いても遅いのよ。
人の彼氏を奪う事しか考えていない莉子‼️最高の人に出会うはずがどんどん最低な男に遊ばれていますね もっと真面目に生きていないと本当に素敵に人には巡り合わないと思いますよ 卓也も今更花梨ちゃんの素晴らしさがわかってももう遅い‼️失った人ものは大きいのですよ😢みんな後から気づくことですけどね
卓也、失ってから大切さに気づいても遅いよ。 過去の風景を想像してもねぇ😩 誠実に生きている人には素敵な人が現れるんですよ。 過去を見ないで未来を考えて真面目にしてみたら??