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「今日から世話になるな」


そう言って靴を脱いだとき、健太は妙に胸が高鳴っていた。


狭いワンルームに漂う洗剤とコーヒーの匂い。悠真の部屋だった。二つ年上の従兄で、無愛想だけど面倒見の良い人。健太にとっては昔から、遠くて憧れのような存在だ。


「荷物そこ置け。邪魔にならないとこにな」


悠真は短く言って、ソファから立ち上がる。いつもの無表情。けれど、健太が持っていた重いバッグを黙ってひょいと取ってベッド横に運んでくれた。


「あ、ありがと」


声が裏返りそうになって慌てて口をつぐむ。悠真は何事もなかったかのように戻っていった。

そのさりげなさが、余計に胸を苦しくさせる。


――この気持ちは、悟られちゃいけない。


夏休みの間だけの居候。健太はそれを「奇跡」と呼びたかった。けれど、同時に「試練」だとも思った。



一緒に暮らす日々は、想像以上に心臓に悪い。

朝、寝癖だらけで出てくる悠真に「おはよ」と言うだけで耳まで熱くなる。

食事を作ろうとして包丁を持てば「危なっかしいな」と取り上げられ、代わりに手際よく野菜を切ってくれる。

健太は情けなく笑いながら「ありがとう」と言うしかない。


できるだけ役に立ちたい。迷惑をかけたくない。

そんな一心で掃除や洗濯を買って出るけれど、悠真に「無理すんな」と肩を軽く叩かれるたび、涙が出そうになる。


――だって、触れられただけでこんなに嬉しいのに。



八月も半ば、二人でスーパーに行った帰り。

重たい袋を両手に持ちながら、健太は勇気を振り絞って言った。


「悠真ってさ、すごいな。なんでもできるし」


「は?大げさだ」


「ほんとだよ。俺、全然ダメだから」


「……比べんな。お前はお前だろ」


不意に返されたその言葉に、息が詰まった。

悠真は特別なつもりで言ったわけじゃない。ただの一言。

けれど健太にとっては、それが胸の奥を優しく撫でるみたいに響いた。


――俺のこと、ちゃんと見てくれてる。


それだけで、世界が色づく。



だが夜。窓の外で上がる花火の音に、二人で並んで立ったとき。

視線がふと重なり、健太は慌てて逸らした。

頬が熱くなり、心臓が暴れる。


「……花火、好きか?」


悠真が何気なく問う。


「……うん。きれいだね」


それだけを言って、健太は笑顔を繕った。


本当は、悠真の横顔のほうがずっときれいだと思っていた。

でも、そんなことは言えるはずもない。


花火の光に照らされた一瞬の横顔を、焼き付けるように目を伏せる。


――この気持ちは、永遠に秘密のまま。



やがて夏休みも終わりに近づいた。

帰る前日、健太は最後の掃除をしていた。

床を拭いていると、ふいに悠真が立っていて「……ずいぶん頑張るな」と言った。


「だって、世話になったから」


「……いや。助かったよ」


淡々とした声。でも、その言葉が健太の胸を震わせる。

見てもらえた。少しだけでも、役に立てた。


「また来いよ」


悠真は何気なく言い、ペットボトルの水を差し出した。

その一言に、健太は俯いたまま必死に頷いた。


涙が溢れそうになるのを、必死でこらえて。



翌朝、玄関で靴を履きながら「お世話になりました」と頭を下げる。

悠真は「気をつけろよ」とだけ言って、軽く背中を叩いた。


その手の温度を、健太は一生忘れないだろう。


好きだ。

好きだけど、言えない。

だからせめて、この思いを胸に抱いたまま帰ろう。


夏の空気は、少しだけ涼しくなっていた。

けれど健太の心は、まだ熱く燃え続けていた。


――また会えるその日まで。



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