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「おい、皿割るなよ!」
「わ、割ってないですよ!まだ!」
「まだってなんだ、まだって!」
バイト先のカフェで、閉店間際。
俺様気質の先輩・尚人は、片付け中の後輩・奏を睨むように見ていた。
奏はいつも通り、にこにこ笑って皿を重ねている。危なっかしいにもほどがある。
「ほんと、尚人先輩って細かいですよね」
「細かい?お前が雑すぎんだよ!」
「でも、俺、今まで一回も皿割ってませんからね?」
「奇跡だな」
尚人は呆れたようにため息をついた。
なのに、なんでだろう。奏のにやけ顔を見ると、むしろイライラより笑いそうになる。
このバイト先に入って半年。
奏は要領が悪い。覚えるのも遅いし、客に笑顔を振りまきすぎて変に絡まれることも多い。
それでも、なぜか憎めなかった。
「先輩、コーヒーのラテアート練習してたんですか?」
「してねーよ」
「うそ。こっそりハート描いてましたよね」
「うっせ、見んな!」
からかわれるたびに声を荒げてしまう。
本当に俺様ぶってるわけじゃない。ただ、奏が天然すぎて、放っておけないのだ。
閉店後、二人きりになった。
椅子を上げ終えて、電気を落とす。
カウンター越しに並んだ瞬間、ふと奏が言った。
「俺、先輩と一緒にいると楽しいです」
「……は?」
「だから、もっとシフト入れたいなって。先輩と会える日」
あまりに自然体で言うから、尚人は一瞬言葉を失った。
胸がざわつく。顔が熱くなる。
「お、お前……なんでそんなこと言うんだよ」
「え?本当のことですけど?」
「……あのな」
声が低くなる。
尚人は額を押さえ、深呼吸をした。
「……わかんねぇのか。俺がいつも怒鳴ってんの、好きだからだろ」
「え?」
「お前がドジすぎて見てらんねぇし、ほっとくと心配で……結局、好きだから一緒にいるんだよ」
言った瞬間、奏の目がぱちぱちと瞬き、そして破顔した。
「やっぱり先輩って優しい!」
「は!?今の流れでそれかよ!」
「だって、怒ってくれるのも、教えてくれるのも、ぜんぶ優しさでしょ?」
「……お前ってほんと、天然すぎてタチ悪いわ」
呆れながらも、尚人は思わず笑った。
奏の満面の笑みに、つられるように。
店を出ると、夜風が少し涼しかった。
奏は嬉しそうに歩きながら「じゃあ次の休みも一緒に遊びましょうね!」と言う。
「勝手に決めんな!」
「えー、先輩、デートでしょ?」
「誰がそんなこと……っ!」
顔を赤くして言い返す尚人を見て、奏はまた声を立てて笑った。
俺様なはずなのに、全然勝てない。
でもそれでいい、と思ってしまう自分が悔しいようで、どこか誇らしくもあった。