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宮殿には、三つの核がある――。
他国からの来訪を受ける外朝《がいちょう》、政の執務を取り仕切る治朝《ちちょう》、王の住処《すみか》を守る燕朝《えんちょう》だ。
それらの顔となるのが、王座が備わる正殿――。
何事も、最後はここに上げられて、王をまじえての決議に至る……。
審議が終わったばかりなのか、正殿に続く廊下を、紺の衣を纏った男達が歩いている。
暫く歓談していたが、足早に各々の持ち場へと消えて行った。
焦れた足取りで、ジオンがやって来た。
(……どうにか大臣達の機嫌はとれたようだ。)
彼らは、王座に坐《ざ》する主を前にして、吐き出すように陳情すると、笑みを浮かべて平伏した。
(来月の式典がどうのと言っていたが……。)
自分の婚礼と聞かされても、他人事のようにしか思えない――。
役目をはたしたジオンの心は、ミヒのところへ向かっている。
側にいると言っておきながら、宮殿に戻った。さぞや機嫌を損ねたことだろう。
気もそぞろに歩んでいる後を、さわさわと衣擦れの音が追いかけてきた。
「どうか、お待ちを」
息を切らしながら、女官長が駆け寄ってきた。
ジオンは、このドンレが苦手でならない。
後宮へ足を運べと小言を言われるのもだが、ジオンの父親の時代より使えている官であるため、頭が上がらないのだ。
この地に都を立てた時も、嫌がりもせず従って来た。国の礎《いしずえ》を作った一人と言えるだろう。
「正妃を迎えられても、あちらへ下がられるのですか?まさか、婚礼の日も下がるおつもりではないでしょうな?」
正妃となる娘は、たしか十六とか。ミヒとそう変わらない娘を抱けるわけがない。
だが、国と国との約束事、破棄するわけにはいかない。
めとって様子をみようと、甘い考えでいたが、こうも、ドンレに詰め寄られると、どうしたものかとジオンは困惑を隠せない。
「かの王女は、まだお若い。暫くはこちらの生活に慣れてもらうつもりでいる。お前の力も必要になるだろう。力を貸してくれるな?」
「ええ、もちろんです。妃にはお世継ぎを産んでもらわなければ。後宮の女達皆でお力添えいたします」
適当に、はぐらかそうとする王に、ドンレは食い下がった。
ドンレも、王に気にいられいてないのはわかっていた。
だからこそ、王妃に、いや、産まれて来る王子に賭けているのだ。
「お世継ぎは、宮殿で産まれるものです。お忘れなきように」
伺いというよりも、強制に近い言葉を吐くドンレに、ジオンはぞっとする。
妃を迎えることで、ミヒに危険が及ぶかもしれないと、ジオンは初めて気がついた。
返す言葉のない王にドンレは意味深な笑みを投げ掛け、消えた。
回廊は長く伸びる。行く本も我先へと伸びている。まるで、政の表舞台へ躍り出ようと競い合う男達のように。
後宮へ戻るドンレの心は焦れていた。
(……王は妃に手を出さないつもりだ。そんなに、あの小娘のことが!)
つと、彼女の視界に黒衣が飛び込んできた。
宦官の列が、書庫房へ抜けるくりぬき門をくぐっていた。後尾には、見知った顔があった。
とっさに、ドンレは懐から手布《ハンカチ》を取り出し、投げ落とした。
「これ!どなかた落としましたぞ」
女官長の声に、ぴくりと動く体が見え、そそくさと男が一人歩み出た。
「これは、粗相をいたしまして……」
落ちる手布を、グソンが拾った――。