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透明で澄んだ空の君に告ぐ

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透明で澄んだ空の君に告ぐ

7 - 1-06 夜道のあいつ、迷い

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2024年10月04日

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「……久しぶりに体を動かすと、疲れるもんだな。使う筋肉が違うせいか」



どういう心情の変化があったか、自分でもよくわからなかった。自分のことは自分が一番理解しているはずなのに、どうしてか、空澄と部活の話をした後、俺は無意識のうちに部室に向かい部活動に参加した。俺が参加したことに驚いたのか、部員は俺に駆け寄ってきて頭でも打ったのかと、熱でもあるのかと失礼なことを言ってきた。だが、これまでなんで参加しなかったんだ、とは言わなかった。俺の性格を知っていてか、それとも俺の目が怖いからか、理由はどうでもよかったが。

日は暮れ、下校時間もかなりすぎていたがために周りに知り合いはいなかった。繁華街を通らなければ家に帰れないため、億劫になりながらも、今から営業を始める店の前を通る。

空澄暗殺の依頼の他にも一つ依頼が来ていたため、俺はそれをすまして帰ろうと思った。手元にあるのはサイレンサー付きの拳銃一丁だったが、ターゲットの行動パターンは依頼書にばっちり書かれていたため、背後から狙えばなんてことないだろう。



(慣れちまったもんだな……)



抵抗が初めからあったかと言われれば、なかったに等しい。罪悪感があったかと言われればなかった。ただ生きるために殺す。それしか俺にはなかった。

先生についていくと決めたときから、覚悟などとっくにできていて、命どうこうを考える時間はなかった。依頼されたから引き受けるただそれだけで、それを繰り返しているうちに善悪というものが分からなくなってきた。

依頼内容は人によってまちまちだが、本当の極悪人もいれば、そんな理由で依頼してきたのかというものもあった。その人にとって苦しみのベクトルは違うし、とやかく言うつもりはなかったが、俺も苦労したのに……そう思ってしまうのだ。そういうこともあって、気分が乗らない時もある。

そうして、ずっとこんなことを続けてきたわけだが、初めてターゲットに対して感情を抱いた。それが空澄だった。自分とは違う世界を生きているような奴。微笑ましいとか、羨ましいとかこれまで感じたことのない感情が湧いてできた。そんな感情を抱けたのかと自分でも不思議なぐらいに。



(何が、俺をかき乱すんだ?)



空澄の何が自分の中で気に食わなかったというのだろうか。同じような人は見たことあるのに、どうして空澄にだけ反応したのだろうか、やっぱりわからない。

どうでもいい。そう思えれば楽なのに、空澄の笑顔が脳裏にちらついて苛立ちが起こる。俺の中から消えてくれ、そうじゃないと俺はあいつを殺せない。そんな気持ちだった。

迷っている時間などなくて早くにも依頼をすませなければならないのに、あいつの笑顔が俺を邪魔する。俺に近寄ってくるなと、毎日のように俺にしつこく話しかけてくる空澄の笑顔が脳裏をよぎる。冷静さがかけてしまえば、暗殺業は成り立たない。感情を表に出す暗殺者なんていらない。そう、先生から教わったはずなのに。



(俺は、あいつのことどう思ってるんだ?)



ふと、そんなことを思い浮かべる。

俺にとって空澄はどんな存在なのか。ただのクラスメイトであるだろうに、ただの同級生であるだろうに、それだけじゃないとしたら。

俺は、空澄とどういう関係になりたいんだろ。



「やめたやめ、考えるだけ無駄だ」



そう思いながら、ターゲットを探すことに専念した。すると以外にも早く見つかったその男は、こそこそと何かから隠れるように路地裏へと入っていった。俺はそのあとをこっそりと付け、リュックから取り出した拳銃を構える。サイレンサーがついているため少し先端が重いが、狙いを定めれば確実に当たるだろう。苦しまずに一発で当てなければならない。悲鳴など上げられてしまったら、元も子もない。

何故、路地に入っていったか不明だったが運がいいことに、男は迷ったらしく右に行くか左に行くか迷い立ち往生していた。俺はそれを物陰から狙い、引き金を引く。ピュンっと一直線に飛んでいった弾丸は、男の脳天を打ち抜き、男は壁によりかかり、ずるずると下へ力なく倒れていった。

俺は、男の生死を確認するため近づき脈を図る。しっかりと止まったそれは、もう二度と脈打つことないだろう。俺は、一枚男の写真を撮りポケットに入れる。これで任務は完了だ。後はこの写真を依頼人のところまで送り届けるだけだった。それは、まだ不慣れなため先生がやってくれるが、独り立ちするころにはすべてできるようになっていなければならないだろう。

そんなことを考えながら、俺は路地裏から出る。まぶしいネオンの光が目に飛び込んでき、俺は思わず目を閉じた。夜は、暗殺者にとって動きやすい時間帯である。闇に姿をくらまし、誰に気付かれることもなく任務を遂行する事。ただ、年齢的に補導されかねないので、そこも注意が必要だった。

人仕事を終え、俺はやっと家に帰れると方向転換したとき、見慣れた人物が視界の端に映った。



(……あ、空澄!?)



そこには制服を着たまま、繁華街をふらふらと歩く空澄の姿があった。

目を輝かせながら、いろんな店の周りをうろうろとうろつく空澄を俺はしっかりと目でとらえた。目はいいほうで、間違いなく空澄であることを俺は確認する。

美術部の活動時間はとっくに過ぎていて、陸上部より終わるのが早いはずだ。空澄の家がどこにあるかは知らないが、多分こっちではないだろうと俺は思う。俺の家の方には安いアパートや住宅街が広がっているだけで、空澄のような財閥の御曹司が住める場所はない。いいや、場所はあるのだろうがそんなところには住まないだろうと思った。

そんなことを考えながら、俺は無意識に空澄を尾行していた。



(こんなの、ストーカーじゃねえか。でも、ターゲットを尾行、と考えたら合法か)



何も合法ではないし、ストーカーのほうがよっぽどましだと自分の立場を考えながら、俺は気になってしまい空澄の尾行がやめられなかった。彼はどこに行くのだろうか。

リュックにしまった拳銃がやけに重たく感じた。

今なら殺せるのに、なぜ殺さない? そう問いかけてくるようで、俺は苦しかった。今はまだその時じゃない。人ごみに紛れて殺すのは得策かもしれないが、死体が見つけられてパニックになられるのも困る。そういうリスクがあるから今はやらないと、言い訳のようなものが浮かび、俺は頭を振ってその考えを散らした。

取り敢えず、今じゃなくていい。そう割り切って俺は空澄を追う。

空澄は、あっちへふらふら、こっちへふらふらと落ち着かない様子で、ネオンの光がまぶしい店から店へと歩いた。だが、実際には入らずその店の前で立ち止まり、眺めるだけで満足したように歩き出す。



(満足……というよりも、我慢しているみたいな顔してんだよな)



店の前ではキラキラと目を輝かせているのに、歩き始めたころにはスンとどこか興味なさげな顔をしていた。入りたいけど、入れない、我慢をしているといったような表情で、見ていておかしかった。

そうしてコンビニの前までやってきて、自動ドアを眺め一歩踏み出した時、聞きなれた音楽が流れ自動ドアがすぅっと開く。それを見た空澄は驚いて一歩下がった。



(ははっ……何やってんだ)



思わず笑いがこみあげてきて、ぷっと吹き出せば、通行の邪魔になっていたのか、後ろからドンっと背中を押された。俺は急いで振り返ったが、道行く人は俺を邪魔だといわんばかりに睨みつけ、そして無視して歩いていく。だからこの通りは嫌いなんだ。そう思いつつ、空澄の方に視線を戻した。

人は限りなく他人に興味がない。興味が湧くときは同じものを感じ取った時、自分の玩具になりえるのではないかと思った時だと俺は思っている。空澄は確実に前者ではないだろうし、自分とは違う自分に興味がない俺に興味を持ったのかもしれない。御曹司の気まぐれという奴だろう。と、俺は勝手に決めつけているが、実際のところどうか分からない。

時刻は夜の七時を示しており、結構な時間が経ったことを表していた。帰るときはまだ日が沈み始めていたはずなのに、ターゲットを探すのに時間がかかったわけでもないし、となると、俺はずっと空澄を追って時間を食いつぶしたということになる。本当にらしくない。

俺はここらでやめようと、後ろを向くと、「ああっ!」と大きな空澄の声が響いた。一体なんだと、もしかして俺以外の人に襲われたのではないかと振り返ってみれば、少し離れたところにあった自動販売機の前で、ボタンを連打しながら出てこないといったようにその場で葛藤する空澄の姿が見えた。



(な、何やってんだ)



金を入れて出てこないならわかるが、ボタンが光っていないところを見ると、金を入れていないということが分かった。金を入れて買うことも分からないのかと、俺は呆れを通り越して何も言えなかった。だが、喉がカラカラだといわんばかりに自動販売機を見つめていた為、俺は仕方なく空澄の足元に五〇〇円玉を転がしてやった。小遣いだともらった貴重な五〇〇円だった。

空澄は、足に当たった五〇〇円の存在に気が付き拾い上げると、五〇〇円玉を裏表と眺めた。



(早く買えばいいじゃねえか)



じれったいと思ってみていると、空澄はそれを握りしめて俺とは逆の方向に走り出した。



「は、はあ!?」

「落し物は、交番に届けるのが正しいよな!」



そんなことを口にしながら走っていく空澄に、俺は理解が追い付かずその場で手を伸ばすだけだった。元から、気づかれないようにとこそこそ物陰に隠れていたが、あまりにも奇想天外な行動に出たので思わず隠れていなければということも忘れて自動販売機のところまで来てしまった。だが、あいつの足に追いつけるわけもなく、追いつこうともしていなかったため、俺は自動販売機の前でぷらりと手を下ろす。

相変わらず訳の分からない奴で、それでも見ていて楽しいと思ってしまった。

俺はぎゅっと胸元をつかんで握りしめる。痛いぐらいに鳴っている心臓は、迷いの影を浮かび上がらせる。



(俺は、あいつを殺せるのか?)



あんな純粋で、恨まれるようなこともしていない奴を、同級生を俺は殺せるのだろうか。俺はそこで、ようやく自分の迷いと手が震えていることに気が付いた。

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