エリオットが再び目を閉じたあとも、
家の中は深い静けさに包まれていた。
イチはソファに寄りかかる彼の呼吸が
まだ乱れていないか
じっと確かめていた。
わずかに息が浅い。
ここでは、苦しそう――
そう感じた。
しかし
声で伝えることはできない。
表情も動かない。
イチはふと立ち上がり、
静かに寝室の扉へ向かった。
扉を開くと、
ひんやりとした空気と
素朴な木の香りが
彼女を迎える。
ベッドにはちゃんと整えられた薄い布。
そこには
エリオットの気遣いが残っていた。
イチはほんの数秒だけ
ベッドを見つめる。
そして
振り返り、
ソファのエリオットのほうへ
静かに歩いて戻った。
迷いなく――
今度は
自分の手で
エリオットの袖を
再び、そっと掴んだ。
ぐいと
引っ張るような
力はない。
ただ、起きてほしい
そんな願いを
そっと伝える程度の
弱い力。
エリオットは瞼を上げ、イチを見た。
「……どうしたの」
返事はない。
けれどイチは一度だけ
ベッドのある方へ顎を向けるようにかすかに首を傾けた。
その仕草はあまりにも控えめで
それでも明らかな“誘い”だった。
エリオットは一瞬、驚いたように瞬きをした。
「……休んでほしいの?」
イチは静かに、うなずいた。
その動きには
昨日までなかった
確かな意志 があった。
エリオットは
目を細め、
力なく笑った。
「……本当は
きみが寝る場所なのに」
そう言いながらもゆっくりと身体を起こし、
立ち上がる。
足取りは少し危うく、
倒れそうになった瞬間、
イチはとっさにその袖をさらに握った。
しっかりと支えられているわけではない。
けれど
一緒に歩こう
という無言の意思だけはまっすぐ伝わる。
エリオットはその力にほんの僅か頼るようにして、
寝室へ向かった。
部屋に入るとエリオットはイチへ振り返り、
「ありがとう」
と絞り出すように言った。
そしてベッドへ身を預ける。
シーツが
ゆっくりと沈む。
イチはベッドのそばで立ち止まった。
ただ側にいるだけ
その行為だけで
彼女は
自分のすべきことを
ひとつ
見つけたような気がした。
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