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幼い頃からの飯事《ままごと》仲間だった美月とは、辺りが暗くなるまで毎日公園の砂場で遊んでいた。
父親は仕事が忙しく、たまにしか家に戻らなかった事もあり、母の暗い顔の家には帰りたくは無かった。そんな事も幼いながら美月は当時から理解してくれていたんだと思う。
「今日はパパはぁ? 」
「ううん、わかんない」
「じゃあ美月が一緒にいてあげるぅ」
「いいの? 」
「うん~ 」
私が寂しい表情を少しでも見せると美月は、いつも抱きつき元気づけて笑ってくれた。
何度その笑顔に救われた事か―――
そしてこれからの話は、幼い頃から近所の借家に住んでいた美月の家族が、高校入学とともに2駅先に新居を構えた事から始まる。
幼稚園、小学校、中学校と同じだった美月は、やはり同じ近くの女子校に通う事となった。美月の新居は、高校からの距離も近くなった為、父を亡くした私を心配した美月の両親は、良く家に招いて夕飯をご馳走してくれた。
高校1年の冬に、不慮の事故で父は帰らぬ人となっていた。
美月一家と過ごす楽しい時間は、辛い現実を忘れさせてくれた。毎回あっと言う間に時は過ぎ、帰る時間が遅くなる度に、当時6つ上の美月の兄の祐一《ゆういち》に車で送って貰っていた。
そして月日は流れ―――
高校3年になったばかりのある日、いつもは美月も同乗して送ってくれてはいたが、その夜に限って祐一は帰りに誰かに会いに行くとの事で、美月は同乗してはいなかった。
当時、祐一は2か月後に結婚を控えていた事を後で知る―――
病室で目を覚ますと、母と弟が歓喜の余り狂ったように涙した。昏睡状態は約3ヶ月に渡り、その間二人共、寝ずに交代で看病を続けていたとの事だった。
ダンプカーとの正面衝突―――
記憶を辿るが、思い出そうとすると心が拒絶反応を示し、恐怖で身体が激しく震え、警察の事情聴取にも、まともに受け答え出来なかった事を覚えてる。
車は見るも無残な状態で、原型を保っていなかったそうだ……。車体はダンプカーの下に潜り込んでしまいフロントガラスから屋根は完全に切断された状態で、祐一は上半身を一瞬で失い、即死だったと随分と後になってから聞いた。私が今、生きているのは、奇跡とまで言われた。
避け切る事が出来ない一方通行の道を猛スピードで逆走し衝突。ブレーキ痕は無かった。辺りに目撃者はおらず、事故を起こした加害者はその場から逃走し、ダンプカーは盗難車だった。
犯人は、僅かな血痕をダンプの車内に残し、今も捕まってはいない……
その時期は、外国人窃盗団が建設機械等を盗む事案がこの地域で多数発生していた事もあり、警察は窃盗団との関係性も視野に捜査を進めていたが、目ぼしい証拠も発見されず、進展の無いままお蔵入りとなり、既に10年が過ぎていた。
※※※
弟から受け取ったホットコーヒーを膝に載せ、父が眠る霊園へと来ていた。車を停め終えた母が弟へと気を配る。
「大樹大丈夫? 」
奈々を抱きかかえながら大樹は階段を上る。
「姉さんは小さいから重くなんかないよ、大丈夫」
「若いからねぇ大樹は」
クスクスと奈々が笑う。
「姉さん、若いって言ったって、生まれたのが数時間の差だろ」
「あらっ、数時間だって大樹が私より遅く生まれたんだから若いじゃん」
「そうだけどさぁ…… 」
階段を昇りつめ、母が広げた車椅子にゆっくりと奈々を座らせると大樹は一息ついた。すると、汚い格好をした中年の男が1人と、小奇麗なスーツを着た若い男が3人に近付いて来る。
「このような場所で失礼致します」
小奇麗な若い男が警察手帳らしき物を出した。
「刑事さん? 此処で何か有ったんですか? 」
不安そうな表情を浮かべる3人に対し、頭をボリボリと掻く汚い風貌の男がボソリと提案する。
「此処ではなんですからどうぞこちらへ」
「私達にお話って事なんですか? 一体何のお話なんでしょうか? 」
母の語尾には不安が紛れていた。
「ええ、そうですね。ご家族のお話になります」
「家族の話って…… 家族は此処に居る3人しか居ませんが」
「ええ、実はですね、お父様が何かしらの事件に巻き込まれた可能性がありまして」
「え⁉ どういう事ですか? 主人ならもう随分と昔に…… 」
「ええ、承知しております。ですが、今はまだ何も分からないのです、ですからこうして我々が伺ったまででして」
「父が亡くなった事と、何かが関係があるって言うお話ですか? 」
大樹が母に変わり質問を投げかけた。
「いいえそれもわかりません、ですが、御父上の死因がただの滑落事故で有るならば、それはそれで問題はないのです」
「ただの滑落事故って貴方―――」
―――母が声を震わせた。
「あぁ、いや、これは失礼。お気を害したのであればお詫び致します。どうやら私は人と会話するのに少しばかり不得手でして、じゃあなんでそんな人間が刑事なんてやってるんだと言われると申し訳ないのですが、こればっかりは…… 申し訳ありません」
刑事と名乗る男はボリボリと頭を掻くと、不意に睨む奈々と目が合い、慌てて視線をズラす。
「ははは、すっかり嫌われてしまったようですね」
「お父様の遺留品はまだお宅に? 」
若い男が事務的に尋ねる。
「粗方の物は整理してしまいましたが、使っていた書斎は倉庫代わりになっています」
その言葉を受け、刑事は若い男に顎で合図すると、走って霊園を下って行った。
「でしたらどうでしょう? ご相談なのですが、お父様のお部屋を一度見せて頂く事は可能でしょうか? 」
「見せる? 」
「ええ、我々も暇ではないので、事故か事件か分からない案件にわざわざ令状を取る様な事はしたくないんですよ。ですからこれは飽く迄任意と云う事になります」
「いちいち言い方に棘がありますね」
大樹が嫌味を口にする。
「あぁ、すみません、また悪い癖が…… 何とかご協力いただけませんかねぇ? 」
刑事は煙草を咥えると、ライターを手で覆い煙を吐いた。
「何か脅されている感じがするんですけど? 」
奈々が語尾を強めた―――
「奈々―――」
「だってそうでしょお母さん? 協力なんてしなくていい。もう済んだ事だし、お父さんは帰って来ない」
「奈々…… 」
「そうですか…… まぁ、気が変わったら連絡ください。では、」
男は名刺を母に手渡し頭を掻き乍ら数歩進むと、不意に奈々に視線を合わせ、こう吐き捨てた。
「あぁ…… お父さんの死には、何やら隠された真相があるかもしれません。アンタはそれを知りたくないのかな? あくまでも可能性の話だがね」
「何を今更…… 」
「そう、それだ! 何を今更と思ってるのはアンタの父親だ。もし、アンタの父親が何者かに殺されていたのなら当時、何も解決出来ないままの無能な警察を、とことん恨んだでしょうな。だが此処に来て状況が変わるかもしれない。これはアンタのエゴなんか関係なく、お父さんの為なんだよ。捜査に協力するかしないかは、その幼稚な頭で良く考えるこったな」
男は煙草の吸殻を地面に叩きつけ踏み潰すと、呆れた様に両手を広げ去って行った。