テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
えいくん .
7,876
#三角関係
霞花怜
609
320
𝓎𝓊𝒶@恋人依存症
1,541
夜の住宅街は、街灯の下だけがわずかに白く浮かんでいた。
その光の境を踏むように、颯馬はゆっくりと歩いていた。
スマホの画面には、既読のつかないメッセージが並んでいる。
“起きてる?”
“なあ、日下部”
指先が冷えきっていたが、心の奥は奇妙な熱を帯びていた。
角を曲がったとき、見慣れた背中があった。
制服の上からパーカーを羽織り、手をポケットに突っ込んだまま歩く。
日下部だ。
颯馬は口の端をゆっくりと上げた。
「……よう、日下部」
低く呼びかけると、相手の肩がわずかに動いた。
振り返った目が一瞬、鋭く光る。
「颯馬……何してんだ」
「別に。散歩。お前こそ、夜遅くに」
言葉の調子は軽いのに、どこか底が冷たい。
日下部は一歩だけ距離を取った。
「遥んとこ、また行ってたのか」
「……なんで知ってる」
颯馬は笑った。
「知ってるよ、なんでも。怜央菜が言ってた。“まだ付き合ってるみたい”だってさ」
その声は、笑っているのに、まるで刃物を舐めるような湿った響きを持っていた。
日下部の表情がわずかに強張る。
「……お前ら、何がしたいんだ」
「何がしたいって?」
颯馬が首を傾ける。
街灯の光がその頬の線を斜めに照らした。
「“家族のこと”は家族でやってるだけ。お前は部外者だろ」
「……遥の“家族”って、それで済むことか?」
「済むさ。お前が思ってるほど、俺たち悪くない」
颯馬の笑いが静かに崩れる。
「だってな、あいつ――気づくと“戻って”くるんだよ。どんなに逃げても、結局俺たちの方に。お前には、あれの何が見えてんの?」
言葉が刺のように胸を突く。
日下部は口を開きかけ、しかし何も出てこなかった。
颯馬が一歩、近づく。
「なあ、日下部。あんた、あいつの傷、見たことある?」
息を呑む音が、夜に響く。
「俺は、全部見てるよ」
囁くように言い、にやりと笑う。
「肌の下に残った跡も、息を止めるときの目も、声も。あれ、すげぇ綺麗だよな」
日下部の拳が無意識に握られる。
「やめろ」
「何を?」
「……その言い方」
「言い方じゃなくて、事実だよ。お前、ほんとはわかってるだろ? あいつ、俺たちから離れられねぇんだよ。壊されることしか、生き方知らねぇ」
息が詰まる。
颯馬の声は低く、しかしどこか楽しんでいた。
「だからさ。あんたが守ってるつもりでも、あいつ、いつか自分で戻る。俺らのとこに」
「……お前ら、ほんとに――」
言葉が詰まり、喉の奥で空気が震えた。
「お前らのしてること、間違ってる」
颯馬はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。
「“正しい”とか“間違ってる”とか……そういうの、あいつの世界にはもうないよ」
風が吹き抜け、街灯の光がゆらいだ。
颯馬の目がほんの一瞬、何か深い闇を映す。
「――次に会ったら、教えてやるよ。
お前の“好き”がどれだけ薄っぺらいか」
その言葉を残して、颯馬は背を向けた。
足音が遠ざかる。
夜の闇に溶けていく影を見送りながら、日下部は拳を開けなかった。
爪が掌に食い込み、血の匂いがほんのかすかに立ち上る。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!