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誕生日だから死のうと思った。
僕は借りてるアパートの隅で、一人目を閉じながらカッターナイフを首に押し当てていた。
「これ、やめんか。」
ふと、少女の声がした。
恐る恐る目を開けると、着物姿の黒髪美少女が僕の上に乗りカッターナイフを持った 僕の手を握っていた。
びっくりした僕は思わず起き上がり、謎の少女から距離を取った。
「……誰…ですか?」
「ワシか?ワシの名は我孫子(あびこ)、お主がいつも使ってる布団の付喪神じゃ。お主のことをずっと見守っておった?我が主ハヤトよ、なにゆえそうも死に急ぐ?話してみよ。 」
僕はただ黙っていた。僕は人と話すのが壊滅的にダメだ。ましてや初対面で女の人だ。
女の人にはトラウマしかない、男の人にもトラウマしかないけど。
「…….何、案ずるなハヤト。ここにはワシとお主しかおらん。独り言だと思って呟いてみよ。」
アビ子さんはそう言って僕の頭を撫でた。
アビ子さんの声には、どこか人を安心させるような不思議な魅力があった。
僕は足りない頭で考えて、僕の死にたい理由を口にした。
「……..誇れるものが何もないから。」
「…….僕は、人と話すのがたまらなく怖い….です。人にどう見られているか考えるのも怖い。無能だと思われるのが怖い。役立たずだと思われるのが怖い。たくさんの人がいる場所でまたひとりぼっちになるのが怖い。ずっとひとりがいい。でも生きていくには人と関わらないといけない。仕事をしないといけない。自分の過去に誇れるものが何もない。SNSでは色んなすごい人達がいて、僕には何もない。だから消えたい。」
わっと口から言葉が溢れた。
死ぬ理由すら薄っぺらくてひどく惨めだった。惨めだから涙が零れた。
「…….よしよし、辛かったのぉ。」
アビ子さんはそう言って僕の頭を撫でた。
25歳にもなって少女によしよしされるのは、とてつもなく恥ずかしかった。
「…….うーん、誇れるものが何もない…..
つまり誇れるものが何か一つあればよいのじゃな?」
あび子さんは顎に手を当てながらそう言った。
「……たぶん。」
「ならば人助けが手っ取り早いかのぉ?」
「人助け……?」
僕はアビ子さんの顔を見上げた。
「うむ、困ってる人をたくさん助ければお主にも自信が生まれるじゃろう!!」
「……..でも、どうやって?」
「どれハヤト、ちょっとおでこを貸してみぃ。」
あび子さんがそう言うと僕のおでこにおでこをぶつけた。
とてつもない睡魔が僕を襲った。
………目が覚めると、どこかの廃墟のような
場所にいた。
「……..ここは?」
「ここは誰かの夢の世界じゃ。ワシの能力でお主の意識を夢の中へと移動させた。」
「あび子さんってすごい付喪神なんですね……。」
僕は素直に驚いた。
「なんじゃ?今更気づいたのかの?」
満更でもなさそうにあび子さんは胸を張った。
その時、遠くの方から女の人の悲鳴がした。
「えっ何….!!?」
「どうやら出番のようじゃの。どれハヤト、お主に少し憑依させてもらうぞ。」
あび子さんはそう言うとあび子さんは僕の身体に取りついた。すると僕の頭に羊のような角が生え、顔にペストマスクをしたスーツ姿に変身した 。
「さぁ、人助け開始じゃ!!!」
頭の中であび子さんの声がして、僕は悲鳴の聞こえる方へと向かった。
悲鳴の聞こえた場所まで駆けつけると、アパートの美人な大家さんが、骸骨の頭に虎の身体をしたような化物に襲われていた。
「たす…..けて……。」
虎のような化物に腹を押さえつけられながら
大家さんは僕に助けを求めた
。
虎のような化物が僕に気付いた。とてつもない殺気と敵意を剥き出しにしている。僕は胃がキュッとなり身体中から汗がふきでた。
(死ぬ…..殺される……。)
「案ずるなハヤト、ワシが憑いておる。」
ふと、頭の中にあび子さんの声が響いた。
「目の前の敵をよく見ろ。お主ならやれる。」
虎のような化物は帯電し、口からレーザービームのようなものを吐き出した。
「跳べッ!!!!!」
あび子さんの声に反応し、僕はとっさにジャンプした。
………自分でも信じられないぐらい高く跳べた。
「今じゃハヤト!!!敵の顔面に蹴りを叩き込め!!!」
「なっなんとかなれえええええええ!!!!!」
叫びながら僕は虎の化物にかかと落としをした。
「ギャッ!!!??ガアア………。」
虎の化物は地面に勢いよくめり込み、そのまま黒い霧となって消えてしまった。
「やった……のか…..?」
緊張から解放された僕は膝からくずれ落ちた。
「うむ、立派に成し遂げたぞ。」
脳内にあび子さんの声がした。
「……助けてくれてありがとうございます。」
大家さんがそう言って僕にお辞儀をした。
…….こう言う時、気のきいた台詞が思い浮かばない。
「ハヤト、時間じゃ。元の世界へ戻るぞ。」
あび子さんの声がし、僕の身体は白い光に包まれ消えはじめた。
「あの…..せめてお名前だけでも…..!!!」
そんな大家さんの声が聞こえたような気がした。
気がつくと、元いた場所へと戻っていた。
「まずは一人、妖魔から人を救ったの。」
「妖魔って、あの化物のことですか?」
「うむ、妖魔は人の夢の中に現れ、人に取り憑き最悪殺してしまう危険な化物じゃ。どうじゃ、ヒーローになった気分は?」
「あび子さん……..これを続けていれば、僕は自分を誇れるようになりますか?」
「少なくとも、ワシはおまえさんを誇りに思っておるぞ、ハヤト。」
僕は涙を流した。それは嬉し涙だった。
僕はもしかすると、誰かの役に立つ人間になれるかもしれない。
「さて、疲れたじゃろうハヤト。ゆっくり休め。」
「あっ、ハイ……。」
あび子さんに言われるがまま僕は布団で横になった。
スッとあび子さんが僕の隣で横になり始めた。
「!!?あっあああび子さん!!?なんで僕の隣で横になってるんですか!!???」
僕は思わず跳び起きた。
「何を言っておる。ワシはおまえさんの布団の付喪神じゃ、いつもこうして一緒に寝ておろう?」
あび子さんはどうして僕がこんなに驚いているのか分からないと言った顔をしていた。
「いや…….付き合ってもない男女が一緒に寝るのは良くない…..というか……今日は僕が床で寝るので……。」
「だめに決まっておろう。ほれ、観念せい。」
そう言ってあび子さんは僕に抱きついた。
「うわあああ!!!????」
「ワシは布団の付喪神じゃ、お主を”安眠“させることこそ我が使命…..!!!ほぉれほれほれ!!!さっさとあび子さんのヌクモリティに屈して安眠するがよい…!!!!」
あび子さんがそう耳元で囁いた。
耳がとてもこそばゆかった。
勃起してるのを悟られないように、僕は身を屈めた。
あび子さんに抱きつかれて、その日僕は心臓がバクバクして眠れなかった。
眠れない頭で考えていた。
(化物退治を続けていたら、僕はいつか自分を肯定できるだろうか?分からない。でも、もうちょっとだけ生きてみよう。もうちょっとだけ生きて、だめになったらまた自殺を試みよう。)
「ああそうじゃハヤト、言い忘れておったわ。」
「…… なんですか?」
「誕生日おめでとう。」
「…..ありがとう….ございます 。」
誰かにそう言ってもらえたのは、いつぶりだろうか?
こうして、僕はあび子さんと出会った。あび子さんとの出会いが、僕の運命を大きくねじ曲げてしまうことを僕はまだ知らない。