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「地位や権力、莫大な富を手に入れた人間には、必ず裏の顔があるものさ……」
私に背を向けたまま、悠聖さんがぽつりと呟いた。
「え?」
足元へ落としていた視線を、彼の背中へ戻す。
「専属契約が欲しい企業は院長に逆らえない。
経営のために優秀な医師が欲しい院長は、人事権を握る教授に逆らえない。
そして、その教授たちも医師会の中枢にまで上り詰めた楠木宗次郎には逆らえない。
――ここは、医療界の完全な縦社会が剥き出しになっている場所なんだ」
悠聖さんは扉の前で足を止め、ゆっくりと振り返った。その表情には、皮肉が滲んでいるように思えた。
私は彼を見つめ返し、心に浮かんだ複雑な思いを口にする。
「……だから、自分を『教授の犬』だって言ったの?」
一拍の間を置いて悠聖さんが言葉を繋ぐ。
「まあね。俺たち医局員なんて、ただの駒。教授の一声でどこへだって飛ばされる」
「……」
「彩音ちゃん。この集会の本当の目的は、金を動かすことだよ。
お偉い教授先生たちは、どこで欲望を満たす?
将来、自分の病院を背負う若い医者たちは、どこで遊び、どこで自分に利益をもたらす人間と出会う?
大企業の社長令嬢や孫娘たちは、どこで将来有望な男と知り合う?」
「えっ……」
思わず声が漏れた。
「ここは、そういう連中にとって都合のいい場所なんだ。
互いの利益という契約に守られた秘密の社交場。この会場では、何千万、何億という金が水面下で動いている」
悠聖さんの静かな声が、妙に重く胸に響いた。
「つまり、……裏金……!」
目を見開き、飛び出しかけた声を慌てて両手で押さえる。
「ははっ。彩音ちゃんはやっぱり可愛いな。予想以上の反応だ」
悠聖さんは悪戯っぽく笑うと、
「とりあえず部屋を出ようか」
そう言って扉を開けた。
廊下の明かりが瞳に差し込む。眩しさに顔を伏せた瞬間、
「私……どうしてこんな所にいるんだろ……」
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心の底から漏れたため息とともに、言葉が零れ落ちた。
「……彩音ちゃん?」
悠聖さんが不意に顔を覗き込む。
「彩音ちゃん、この白い花、何の花か知ってる?」
そっと私の胸元のバッジを指差した。
「あ……何だろう。最初は蘭の花かと思ったんだけど、少し変わった形だよね」
促されるまま視線を落とし、私はバッジを指先で軽くつつく。
「おっ、彩音ちゃん正解。それは蘭の一種で『富貴蘭』って言うんだ。江戸時代に十一代将軍・徳川家斉がこよなく愛した蘭でね。昔から裕福な人しか愛好できなかった高価な花なんだよ」
「裕福な人しか愛好できない花……だから、このバッジがパーティーの招待状なのか……」
バッジを渡された時の麗香の言葉を思い出し、胸の内で苦笑する。
「そう。だからそれを持ってる彩音ちゃんは、ここに足を踏み入れる運命だったってこと。選ばれた人物なんだよ」
「えぇ!? ち、違うよ! 私はセレブなんて程遠いし、それにパーティーだって何も知らないまま麗香に……」
そこまで言いかけて、ふと口を閉じた。
麗香に――。
……あれ?
どうして麗香は私にバッジをくれたんだろう。
麗香だって普通の家庭で育ったはずだ。富豪の娘でもない。
それなのに、どうして二つも持ってるの?
「……倫子は、どうしてこのパーティーに?」
私は呟きながら、顔を上げた。
「悠聖さんは前から倫子を知ってるみたいだけど、どういう関係なの?」
「あー……そうか。彩音ちゃん、倫子の素性も知らないんだな」
悠聖さんは苦笑する。
「どういう関係か……それは秘密にしておくよ。話したら倫子に怒られそうだし」
そう言って肩をすくめた。
「倫子の素性って……」
ますます疑問が深まる。
その時だった。
「彩音! 悠聖! どうして二人が一緒にいるのよ!」
麗香……!?
聞き慣れた声に振り返る。
廊下の向こうから麗香が勢いよく歩いて来るのが見えた。
「ありゃあ。噂をすれば何とやらだな」
悠聖さんは肩を竦める。
「彩音ちゃん。俺たちの熱い逢瀬を、怖いお姉さんに見つかっちゃったね」
からかうように笑いながら、麗香へ視線を向けた。
コメント
1件
みぅです🥀 最新話読みました。 「選ばれた人物」って言葉、すごく重くてドキッとした……彩音ちゃん、何も知らずに踏み込んじゃったんだね。悠聖さんの「教授の犬」発言も、社交場の裏金の話も、一気に雰囲気が変わってゾワッとしたよ。 それにしても倫子(麗香)って、実はどんな人物なんだろう……悠聖が誤魔化すのが気になる! 続き、読みたいな🌙