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由貴と虹雨は通された店内を見渡す。スーツやシャツ、生地など外観からすると店内はこんなに広かったのかと。
「実はいつもきてる黒スーツ、ここのおっさんに作ってもらったんだ」
「あのいかがわしい黒スーツか」
「いかがわしくない。てか別にあんなの着たくないけど着た方が切り替えできるし、気持ちが……ってお前が着ろとかなんか言っとったやろ」
「言ったかなぁ、そんなこと」
とぼけるのが上手い由貴。普段はスウェットを着てゆるっとしている虹雨だがスーツを着るとしまって見えると思ったがホストっぽいスーツで少しいかがわしいと動画サイトやネット掲示板に書かれているのは事実である。
「あのスーツ高いやろ、どう見ても置かれてる生地とか絶対輸入物だし、まずもってオーダーものだから高い……低収入のお前がどうしてあんないいスーツ持ってるのか。しかも同じやつ三着くらいあったぞ」
虹雨は目を泳がす。たいていそういう目線の時は何か裏があるのは分かっている。聞き出そうとしても濁されるだけだと由貴は諦めた。その時に奥から店主がやってきた。
「お二人ともご無沙汰しております。虹雨さんもお母様が12月頭にスーツのお直しで持ってきてくださって」
「は、はい……師走の忙しい時にありがとうございました」
この会話で由貴はハハーンとやはりなと理解した。スーツを買ったのは虹雨の母親であった。メンテナンスまで母親に任せているのかとよみ通りだと勝手に1人で納得した。
「1人でこのお店をやってらっしゃたんですか」
「そうですね、一応全国に仲間があってそのグループにも入ってますから連携はとってますし、一部商品はサイズを測って生地と形を選んでデータを送って海外で作って送ってもらってるんですよ」
「……失礼ですが後継の方は」
店主は由貴の質問にニコッと答えた。
「娘が2人いるのですが……離婚しまして別で暮らしているんです。残念ながらあまり被服には興味がないようで……作るよりかは作っているものを買うくらいですかねぇ。後継はもういいので私の代で終わりです、元々昔からそう思ってましたから」
店の中はアンティークのものばかりで閉まってしまうのはもったいないくらいである。
「そいや、由貴はなんでおっさんの名刺持ってるんだ」
「それは……」
店主は覚えてると頷いて話を始めた。
これは何年か前の話。まだ、由貴は東京に住んでいた頃のこと。
バイトを食い繋いでなんとか過ごしていた由貴はとあるバーでバーテンダーとして働いていた。望んでいた仕事ではなかったが、賄いも出てお酒好きもあってのことだった。
お昼はランチ営業なので昼前から仕込みに入れば昼ごはんと夕ご飯と帰りには軽く夜食も食べられる。
朝は食べていない由貴にとっては美味しい仕事でもあった。
そして昼はウエイター、夜はバーテンダーと喋ることが少ないため性に合った良い仕事を見つけたと喜んだくらいであった。
だがあまりにも賄いが美味しすぎて太ってしまったのも事実。バーでとある紳士に由貴はお酒を頼まれた時に道具を落としてしまいそれを拾おうとしゃがんだ瞬間。
びりっ!
と大きな音を立ててズボンのお尻の部分が破けたのだ。
いくらカウンター越しでもその敗れたところを見られてしまった。他の従業員は2名ほどいて着替えてこいと言われたのだがお金のない由貴はズボンはこの一着。サイズも他の従業員に比べて大きかった由貴。あたふたしていた時である。
「よかったら直しましょうか」
目の前に座ってきた紳士が声をかけてくれたのだ。破れたことに恥ずかしかった由貴。だがその紳士は笑うことなく手を差し伸べてくれたのだ。
あいにく客は他数名の常連だけであり、由貴とその紳士はソファー席に座り、なんと紳士はカバンから裁縫道具を取り出してズボンの破れを繕いはじめだのだ。
あっという間に縫われ、元通りになったもののズボンはぴちぴち。上のベストもパンパンであった。
「これはこれは……サイズが合わないと動きにくいのでは」
「この仕事についてから10キロ太りました」
「これも先輩のお下がりでしょう、まぁ同じくお下がりになりますが似たようなものをたまたま持ってきてるから明日持ってきてあげるよ」
とその紳士は微笑んだ。背は由貴よりも高く、細くて整った顔立ち。40は超えているようだがバーボンの似合う男性だ。
次の日、約束通り紳士はベストとズボンを持ってきた。なんとピッタリ。細かい修正もその場でしてくれた。
「実は僕は仕事の用でこっちにきてるんだが、岐阜で仕立て屋をやってるんだ」
「えっ!」
由貴は自分と同じ出身の人だと驚く。先輩には自分のことは話してはいけないと言われていたため何も返さず名刺をもらったのだ。
そう、それが由貴と店主の出会いであった。
コメント
1件
「ただいま編 第四話」読了です〜。由貴のズボンが破けるエピソード、めっちゃ笑っちゃったけど笑 でもそこから店主さんが優しく縫ってくれて、しかもぴったりな服を持ってきてくれるなんて…ほっこりしました。過去の出会いが今の繋がりになってるの、じんわり沁みますね。虹雨のスーツがお母さんからの仕送りなのも、なんか温かい。次も楽しみにしてます🌙
#衝撃のラスト
山根利広
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