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「寒いな……」
季節は巡って冬になった。
外ではチラチラと花びらのように雪が舞っている。
神津の葬式には、たくさんの人が参列した。ファンや親族、海外から彼の母親である蓮華さんも戻ってきて、神津に線香を手向けていた。
神津の遺体は損傷が激しく、骨は砕けていて原型は留めていなかったらしい。至近距離で爆発に巻き込まれたんだ、仕方がない。
『ありがとう、春くん』
『いいえ、俺は何もしていません。何も出来ませんでした』
葬式で蓮華さんと話す機会があった。彼女は年を重ねても綺麗で、少し色あせた亜麻色の髪を三つ編みにして、それを肩の方に流していた。それは神津を思い出させ、話を聞けば、神津の三つ編みは元々蓮華さんが編んだものなのだと聞いた。
蓮華さんと神津は本当に似ていた。儚さも、優しい雰囲気も。
そんな蓮華さんと顔を合わせるのは辛かった。けれど、何十年ぶりの再会ということで少し話をした。蓮華さんは、神津が海外にいたときの話をした。神津から聞いた、指を切り落とそうとした話も、俺の事を思いすぎて泣いていたという話も。神津が俺に言わなかった話を一杯聞かせてくれた。本来なら、神津の口から聞いていたそれを、母親である蓮華さんから聞くのはなんとも言えない気持ちになった。
そして、葬式で居合せたお袋は、俺を見つけると真っ先に抱き付いてきて、「春は悪くないよ」といってきた。いきなり何だと思ったが、きっと俺が自分を責めていることに気がついたんだろうな。さすがは、俺の母親だと、俺はお袋の背中を叩いた。
悪くない。
本当にそうだろうか。
俺は、自問自答を繰り返し、読まれるお経を右から左に流しながらずっと考えていた。答えは出ずに、神津の葬式は終わった。
蓮華さんはまた忙しくなるからと、神津との別れを惜しみながら一週間後にはまた外国へ旅立った。
俺も三週間ぐらいは事務所を閉じて、ニュースや爆弾魔に関する資料を集めた。
けれど、調べれば調べるほど訳が分からなくなっていって。テレビをつければ、神津と爆弾魔の話題で持ちきりで。
俺が調べている間も、爆弾魔は捕まらず、警察も必死になって捜査をしているようだ。警察よりも先に捕まえてやると、意地になっていた。仇を他の人の手で捕まえられるのはどうしても許せなかったのだ。
そうこうして、三週間などあっという間に過ぎた。虚しさだけが積もった三週間。小林も俺の事を気遣ってか、尋ねてこなかったが、このままではいけないと俺の方から連絡を入れればすぐに探偵事務所に来た。
『先生、もう、大丈夫なんですか?』
『おう、俺は大丈夫だぞ。心配してくれてありがとな』
『……そうですか』
そうは見えません。とでも言いたげに小林は俯いていた。彼からしても身近な人が亡くなったのだからショックは大きいだろう。
俺は、小林の前では強がっていたが、神津を失った悲しみはずっと残っていた。
そうして、季節が巡って冬になり、俺は一度実家に帰った。帰省、というよりかは神津がそうしたかったと言い残したため、きたという感じだ。お袋への挨拶もそこそこに、俺は懐かしの幼稚園や小学校を周り、駅のプラットホームに戻ってきた。
雪はその間も降り続けており、このまま降り続ければ積もるだろうと空を見上げた。鈍色の空から降り注ぐ白い花弁はとても綺麗だった。
「彼奴の名前も、『ゆき』だったからな」
そう呟いて、思い出してまた虚しくなる。
大分気持ちは落ち着いてきたが、整理は出来ていない。きっと、この傷は一生残るんだろうなと、埋まらない穴を心の目で見ながら思う。
一緒に年を越すはずだった。この雪を一緒に見るはずだった。
小さい頃は、雪合戦も雪だるまも良く作った。神津の体温は温かかったから、冷えた俺の頬に彼の両手で挟まれたときは、温かくて心地よかったんだ。その感覚も思い出して、また悲しくなって、涙腺が緩む。泣いてはいけないと、ズッと鼻を啜る。
俺は、神津のことが好きだったんだ。
愛していたんだ。
だからこそ、悔しくて、情けなくて、憎い。犯人を捕まえられない自分に腹が立つ。
「恭、お前見てるか?雪、降ってんだぞ。お前が見たかったっていう雪が……」
そう、俺は独り言のように呟く。
手のひらに落ちてきた白い花弁は、すぐに水となって消えた。
「また雪合戦したいな。今度は俺負けないからな。それに、顔面はアウトだ。お前の投げる雪玉、すっげえ痛いから」
そう、神津に話しかけるように言ったとき、後ろの方で足音が聞こえた。
ふらふらとした足取りで歩く少年がそこにはいた。虚ろなアメジストの瞳、死体が動いているのかと思うぐらい不安定な歩き方だった。バランスを崩して、ホームにおちてしまうのではないかと心配になる。
(ほんと、大丈夫か?)
俺は、横を通り過ぎていく少年を目で追う。俺がいることにも気づいていないようで、少年はフラフラとした足取りのまま歩いていく。
そして、電車が来たと同時に、黄色い点字ブロックを超える。
危ない! 咄嵯の判断だった。俺は走り出して、線路に落ちる寸前の少年の腕を掴んで引っ張る。
ファーン……とホームを過ぎ去っていく電車を見送りながら、俺は少年をホームへと引っ張り上げた。