テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
第19話「塩の音はどこにある?」
登場人物:シオ=コショー(潮属性/非常勤講師)
舞台:ソルソ学区・海洋高校、数年前の教官研修施設
潮属性の講師、シオ=コショーは、ひと目で目立つ存在だった。
背は高く、髪はなめらかな墨銀色。
シャチを思わせる流線型の目元と、ぎょろりとした瞳。
だが、今の彼にはその威圧感はない。
ソルソ高校の“トイレ掃除担当・水草水槽管理係”という扱いが、
むしろ安心感を生徒に与えるほどだ。
その彼にも、“変質”を支える教官としての未来があった。
数年前、まだ彼が常勤教官だった頃。
研修の場で彼はよく言っていた。
「潮の音は、一定じゃない。毎日ゆれてる。だから、ひとを教えるのは難しい」
そのとき同席していたのが、今や演習主任のウラメ=ギルスだった。
深い波属性で、共鳴の強さを指導力とするタイプ。
常に大声で、塩素の流れを理論で分解して伝える人物だった。
「コショー、また“ゆらぎ”の話か?
それじゃ、生徒が変質に失敗しても“仕方ない”で終わるだろ。
おまえさ、潮属らしさに甘えてるんだよ」
ウラメの言葉は正論だった。
でも、正論は刃になって、シオの内に積もっていった。
ある日、彼の記録ノートにこう書かれていた。
> “教えると、声がゆれる。
自分の波が、生徒の波に溺れる。
塩の音が、自分の音と混ざって、聴こえなくなる。”
そして、ある朝を境にシオは出勤できなくなった。
研修施設の誰もが彼を“自己管理ができない者”として扱った。
今、彼は掃除用具を持って、だれもいない朝の水槽を見ている。
ぽこ、ぽこ、
水草の間を抜けていく泡の音。
水に落ちた誰かの“今日”の音。
シオは小さなメモを残す。
> “塩の音は、水の奥にある。
誰の声とも混ざっていい。
それでも、そこにある。”
彼はもう講義には立たない。
でも、生徒の変質記録を見て、そっとノートに書く。
声を出さずに。
彼の教え方は、今も続いている。