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あの日以外にも、私は懲りずにお風呂上りに抱きついてみたり、友達の新婚生活の話なんかもしてみたが司さんからはあまり反応がない。最近じゃ、『疲れてるから』と私室にすぐ入ってしまったり、仕事で遅くなる日も多くなってきた。
一週間前からは職場に泊り込んでるみたいで、帰って来てもいない。SNSにメッセージ着ていないし、電話での連絡すらも。刑事という仕事柄、忙しいであろう事は覚悟していたのだが、まさかここまで全く繋がりがないと、さすがに寂しい。
結婚したらもっと会えると思っていたのに、これでは付き合っていた時か、それ以上に離れているんじゃないだろうか?
付き合う為の告白も、プロポーズも私から。
(もしかしたら、私は——司さんに愛されてないのかなぁ…… )
と、考えてしまった。
もしかすると、専業主婦って時間があり過ぎるのかもしれない。きちんと頑張れば昼前で家事は一段落するし、自分の分だけでいい日なんて食事も適当に済ませられる。
時間があるせいで余計なことばかり考えてしまう。
せめて子供でも居てくれれば、忙しくて、でもとっても楽しいんだろうにとも思うが、子供を授かるような事をそもそもしていないのでそれも望めない。
(アルバイトでもしようかな。そしたら、一人で抱え込まないで済むかも)
考え過ぎのせいで変な行動をしたりするのかも。自分も忙しかったらやらなくなるかもしれないと思い始めていた時だった。偶然にも大学時代の後輩から、『短期でいいから、居酒屋のホール手伝ってもらえないですか?』と電話があったのだ。
急に何人かが同じタイミングで辞めてしまったらしく、人手が足りないらしい。
学生時代にアルバイトした経験がある店だったので、勝手のわかっている私にペルプを頼めないかと、店長さんご指名のお願いだったそうだ。『仕事でもしようかな』と思っていたタイミングで渡りに船ではあったが、自分は夫の居る身だ。流石に司さんに相談しないとと言い、その場は電話を切った。
十五時頃。『今日は何作ろうかなー。一人なら、もうお茶漬けでもいいや』とか考えていた時、私のスマホにSNSへの着信があった。
「——つ、司さんだ!」
急いでスマホを手に取り、SNSを確認すると『今日は帰れる』と短い文章が表示された。
「うわぁぁぁぁぁ、何作ろうかな!久しぶりの手料理だし、美味しいのにしないと」
俄然やる気の出てきた私は、財布を手に食材の調達をしようと、軽い足取りでマンションを出たのだった。
一時間後、大荷物を持っての帰宅。
最近は全然まともに食材を買っていなかったせいで足りない材料が多かったから買い物量がすごいことになってしまった。
「車使えば良かったかも」
玄関に荷物を降ろしながらぼやいたが、終わった事をどうこう言っても仕方がない。
(今日は久しぶりに旦那様が帰って来るんだ!張り切って作らないとね)
まだ十六時だというのに、私はせっせと料理を始めた。品数が多過ぎるかなーとか思うも、司さんの好きな物を片っ端から作ってみる。見た目と年齢の割に意外と司さんは子供っぽい料理を好む。組み合わせなんか気にせず作ったせいで、ハンバーグ、カレー、刺身、シャーベット、グラタン、筑前煮にすき焼などなど——主食としかならないようなものばかりが大量に出来上がった。余れば冷凍して、私の昼ご飯にすればいい。
だけど無駄な事もしたくない。作ったそれらを少量づつお皿にわけて、テーブルに並べる。二人しか使わないしと買ったダイニングテーブルは小さく、そのせいで全ての食事が乗り切らなかったのは残念だったが、これだけあれば夫の帰宅を喜ぶ気持ちは伝わる筈だ。
誇らしい気持ちになり、微笑んで頷く。
早いかもしれないがお風呂もいれておこう。冷めたら追い炊きすればいいし。
そう思いながら風呂場を軽く洗い、お湯をはりはじめた時、玄関のドアが開く音と「——ただいま」の声が聞こえてきた。
(司さんが帰って来た!嬉しい!すごく嬉しい!)
気分はもう、ご主人様帰宅を喜ぶ子犬だ。風呂場から飛び出し、足をあちこちにぶつけながら司さんの元へと急ぐ。
「おかえり‼︎」
大きな声でそう言いながら、ぎゅーっと強く彼に抱きつく。飛びつかれる事を予想済みだったか、彼は驚く事無く「ただいま」と言いながら、私の頭を優しく撫でてくれた。
(このまま離れたくない)
そうは思うも司さんはお腹を空かせているに違いない。名残惜しい気持ちをぐっと抑え、ゆっくり離れる。
「ご飯が先でいい?お風呂は今さっき入れ始めた所だから」
「ああ、問題無い。ありがとう」
「えへへ」
直接聴ける『ありがとう』の一言が、涙が出そうなくらい嬉しかった。…… 大丈夫だ、私はちゃんと愛されている。
すっかりくたびれた背広を脱ぎ、ネクタイをゆるめながら司さんが居間に入る。連日職場に泊まっていたせいで溜まってしまった荷物の入る鞄を床に置いて、彼が一呼吸ついた。が、すぐにダイニングテーブルが目に止まったの様だ。
「…… うあ」
司さんが硬直してしまった。口元を押さえて、眉間にはシワまである。
(あれ?喜ぶと思ったんだけどなぁ…… )
「…… これから誰か来るのか?」
「来ないよ?」
「じゃあ、あれは?」
ダイニングテーブルを指差し、司さんが困った顔をする。
(あー…… この様子だと失敗だったみたいだ。もっと普通の物が良かったんだろうか。——いや違う。どう考えてもあの量のせいだ。やからした!)
「あんなには食えないだろう、どう考えても」
予想通りの言葉に、少し拗ねてみせる。
「余ったら私がコツコツ食べるもん…… 」
子供っぽい言い方をしてしまい、ちょっと後悔したが今更訂正はしにくい。
「ったく…… 」
後頭部をかきながら、司さんがため息をつく。
「ごめん…… 」
ちょっと泣きそうだ。自分はどうしていつもこうなんだろう?なんだかベタな失敗ばかりしている気がする。
「まぁいい。ケーキがあるから食べられるよう、ご飯はほどほどにしておけよ」
「え?ケーキ?」
彼のその一言で、落ち込みそうな気持ちが簡単に復活した。
「まぁ、まずはそこに座れ。脚をあちこちぶつけていたから軟膏を塗ってやる」
そう言いながら司さんは棚から薬箱を探し始めた。風呂場からの移動時の音で、脚を散々ぶつけていると気が付いていたみたいだ。
「…… 司さん」
「ん?」
「ありがとう」
「…… まだ何もしてないぞ」
「いいの、ありがとう」
「…… どういたしまして」
態度はぶっきらぼうなのに、司さんがフッと笑みをこぼしてくれた事がすごく嬉しかった。