花純が壮馬の父と会った月曜の朝、壮馬はエレベーターで花純と別れて最上階の副社長室へ向かった。
部屋へ入ると、すぐに秘書の麗子が声をかける。
「副社長おはようございます。あの、私、今日から志村専務の所へ行くように言われたのですが、どうして急に異動なんでしょうか?」
「通達は人事部長から?」
「はい、先ほどこちらにお見えになりました」
「今回の異動は、志村専務の秘書が産休に入るので有能な君に来て欲しいからじゃないかな? 君の後任には田代君が来てくれる事になっている。会社はおそらく田代君を若いうちから育てたいとも思っているんだろうな。今まで君には本当によくやってもらい感謝しています。志村専務はとても優しい方だからどうか向こうへ行っても頑張って下さい」
壮馬はニッコリ笑ってそう告げると副社長室へ入って行った。
そんな壮馬の後ろ姿を麗子はただ茫然と見つめている。そしてパタンとドアが閉まると顔がこわばらせた。
(どういう事なの? なぜ私が急に? 志村専務ってただのおじいちゃんじゃない! なんで私がそんなジジイの担当をしなくちゃいけないのよ!)
麗子は両手をギュッと握り締めるとわなわなと震え始める。
その時麗子は気づいた。自分が大きな勘違いをしていた事に。
壮馬がプロポーズしようとしている相手は自分ではなかったのだ。壮馬の思い人は別にいる。
そして壮馬とその女の結婚がいよいよ具体的になってきたので自分は遠ざけられたのだ。
(相手は誰? まさかあの本条麗華とヨリが戻ったんじゃないでしょうね? ううん、それは絶対にないわ。だってあの女の本性はすっかりバレてしまったんだもの。さすがの副社長もそこまで馬鹿じゃないはず___じゃあ一体誰なの?)
そこで麗子は最近壮馬が社内で関わっている女性社員を思い出そうとする。
その時ハッとした。
(もしかして庭園改良プロジェクトにいる二人の女のうちのどちらかなの?)
麗子は全くノーマークだった二人を思い浮かべるとイライラして爪を噛む。
(どっちもまだ子供の垢抜けない女じゃない。そんな女をあの副社長が相手にするかしら?)
麗子はその推理に信憑性がないように思えた。
(一人は入社して数年のペーペー女、もう一人は花売り娘。そんなどこの馬の骨ともわからない女が高城家の嫁になれるはずがないわ)
そう思いもう一度じっくり考え始めた。
壮馬のここ数ヶ月の行動を思い返してみても私的な夜の外出はほとんどなかった。
前は定期的に飲みに行っていたがここ最近は全くない。
だから壮馬が新たな女と知り合うチャンスなどないはずだ。
その時ノックの音が響いた。
「どうぞ」
麗子は慌てて席へ戻ると返事をする。入って来たのは若手社員の田代だった。田代は麗子の後に壮馬の秘書になる男だ。
「おはようございます。稲取さん、引継ぎの方よろしくお願いします」
「あ、こちらこそよろしくお願いいたします。じゃあまず先に副社長にご挨拶を」
麗子は田代を副社長室へ案内した。
その日仕事を終えた花純は帰りにスーパーに寄って買い物をしようと思った。
昨日は昼も夜も外で外食だった。きっと壮馬の胃も疲れているだろう。
だから今夜は和食でも作ろうと思っていた。ただし壮馬が早く帰れればの話だ。
大通り沿いを歩いていると花純のスマホが鳴った。壮馬からのメッセージだ。
【7時くらいには帰れそうだ。ご飯は用意出来る?】
壮馬にしては珍しく少し長めの文章だったので思わずクスッと笑う。
【大丈夫です。ご用意しておきますね】
花純はすぐに返信するとスマホをバッグへしまった。
壮馬とのメッセージのやりとりはいつも一往復だ。だからもう返事は来ないだろう。
すると再びスマホが鳴った。
(あれ? まだ何かあるのかな?)
慌ててスマホを見ると今度はこんなメッセージが来ていた。
【早く家に帰って花純と一緒にご飯を食べたいよ…】
花純の婚約者はそんな可愛い事を言ってくるではないか。
(えっ? 一体どうしちゃったの?)
花純は目を丸くして驚いていたがとりあえず返信する。
【もうちょっとでしょう? お仕事頑張って♪】
【うーん了解】
やはりまたすぐに返事が返ってくる。
(ほんと、どうしちゃったの?)
そこでまた花純はクスッと笑った。
どうやら花純の婚約者はすっかり人が変わってしまったようだ。
むっつり無口な壮馬の姿はすっかり影を潜め、フィアンセに構って欲しい甘々男子に変わってしまったようだ。
その時花純はなんだかくすぐったいような気がした。
そして一刻も早く家に帰りたがっている可哀想なフィアンセを元気づけようと可愛いスタンプを返す事にした。
(どれにしよう……)
その時花純の目に留まったのは、可愛いうさぎがエプロンを着けてフライパンを持っているスタンプだった。
(これにしよう)
花純はすぐにそのスタンプを送った。
するとそれはすぐに既読になりまたすぐに返信が来た。
最後に壮馬から来たのは、
【♡】
だった。
それを見た花純は声を出してクスクス笑いながら再び大通り沿いを歩き始めた。
コメント
2件
クールな凄腕副社長が、花純ちゃんの前ではデレデレ甘々男子に....😍💕 メールの返信に「♡」とか、可愛すぎる~♥️♥️♥️🤭 今週から急遽 専務秘書に異動となった 女豹秘書の麗子.... 自分が選ばれなかった報復に、花純ちゃんに何かしてこないか 心配です😰
無口な狩猟民族だったはずの壮馬さんはどこに消えてしまったのか⁉️ 花純ンとの結婚が本格的になったら甘々男子に大きく変貌しちゃいましたね〜〜🤭🩷💞 まさかの"🤍"スタンプが花純ンの元に届くなんて✨ギャップの振り幅が大きすぎて振り切れてますわ😽‼️ それにしても麗子が飛ばされて結婚相手が花純ンに気づいた⁉️変な復讐とかに燃えないでほしい‼️‼️ 壮ちゃん、しっかり花純ンを守ってね🥺🙏