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次の日、宿を出発する時
「もう帰っちまうのか?また来てな」
店主さんが外まで私たちを見送ってくれた。
必ずここにまた遊びに来たい、そう胸に秘める。
それから私は自分の家に帰り、往診をしながら薬の研究をした。研究というほどではないかもしれない、両親が残してくれた書物などももう一度振り返りながら調合をする。
私の家には月城さんか小野寺さんが常駐のような体制をとってくれ、いつ襲来があってもいいように待機をしてくれた。
ほかにも毎日、他の隊士さんも必ず十人ほどは見回りを続けてくれている。傍から見れば、禍々しい雰囲気だ。
「どうだ?」
「もうちょっとで完成しそうです」
「あまり無理をするなよ」
月城さんは私の体調を気遣ってはくれるが、少し困っていることがあった。
夜、家の中で月城さんと二人きりになると一一。
「んん……!」
毎日のように口づけを求められる。
「樹……くん」
嬉しいが外には隊士たちがいるため、こんなところを見られたらどうしようかと気が抜けない。
「声を出さないように」
そう言われて口を塞がれるが、あまりの激しさに吐息が漏れてしまう。
「はぁっ……。ん……」
もちろん、口づけ以上には進まない。
だが、私にとってはそれだけで胸がいっぱいだ。
「んん……。今日はもうダメ」
私が困ったような顔をすると
「わかった」
月城さんも止めてくれる。
こんな時に不謹慎かもしれないが、月城さんも毎日一緒にいるわけではないので、この時間が困っていることでもあり、幸せを感じる瞬間だった。
訓練所で襲われて以来、何事もなく時間が過ぎていった。
一週間、二週間、時間が過ぎていく。
もう諦めたのではないか?
そう思っていた時だった。
「わかったよ。小夜ちゃんのこと、調べていた奴」
私の患者さんに接近をして、私のことを訊ねた女性がいるらしい。
小野寺さんは司波に繋がる手掛かりがないか調べていた。
「この街の隅に最近引っ越して来た奴がいる。小夜ちゃんの患者さんに接近した時は女装をしていたみたいだけど、男だった。司馬の特徴が、首に痣があるのが目印なんだけど、それが目撃と一致してる。そいつ最近、病に苦しんでいる人たちを誘って、何か暗示をかけているという情報もあるから、司波本人かどうか調べる必要があるね。まぁ、こっちから接近してみるのが一番なんだけど、俺たちはきっと顔が知られているから、なかなか動けない」
首に痣のようなものがある、それを聞いて思い出した。
「私を襲った人、首に痣がありました。月の光で薄っすら見えただけだけど、確かにあったと思います」
目を閉じていた月城さんが呟く。
「では、そいつが本人で間違いないな」
「そうだね……」
でも……と小野寺さんは言葉を続けた。
「隊士を揃えてこっちから急に襲撃って方法が一番かもしれないけど、あいつの家には何人か一般人がいるみたいで。しかも、あいつのことを崇拝している。襲撃に巻き込まれて、犠牲者が出てしまう可能性が高い。俺たちの行動を予測しているからこそ、一般人を盾にしているんだろうな」
病気で苦しんでいる人たちをそんな方法で利用するなんて許せない。
「とりあえず、本部に報告。向こうから襲ってくることも十分に考えられる。居所がわかったからと言って気を抜くなよ」
「了解」
その次の日一一。
月城さんは本部で作戦会議らしく、今日は小野寺さんと往診に向かっていた。この往診が最後になるかもしれなかった。
心配な患者も落ち着いたため、当初の約束通りに月城さんたちの本部というところへ行くはずだった。
患者さんは、小野寺さんも会ったことがある人たちで、いつものように愛嬌のある挨拶をして小野寺さんは場を和ませていた。
道を歩いていると、次に訪問しようと思っていたおばあちゃんが厳しい表情をし、慌てた様子で小走りで走ってくる様子が見えた。
「小夜ちゃん、おじいちゃんが大変なの!すぐに来てもらえない?」
こんなに急いでいるのは初めてだ。慌てて走って向かう。
一緒に走っていた小野寺さんだったが、急に何かを感じたらしい。
「小夜ちゃん、俺たちつけられている。ちょっと待って」
「でも、おじいちゃんが……」
冷静な顔をして
「敵の罠かも知れないんだ」
「おばあちゃんが私たちを騙しているってことですか?」
「悪いけど、可能性はある」
「そんな……」
小野寺さんは深呼吸をして、周りを探っている。
気づくと、おばあちゃんはいなくなっていた。
ここは左右は塀で囲まれ、逃げ道は前か後ろしかない通りだった。
後ろにいた隊士二人に
「鳥を飛ばして本部へ連絡しろ。あと、近くにいる隊士は応援に来るように要請をするんだ」
「はっ」
隊士二人は慌てて鳥を呼び、足へ何か紐のようなものをつけ、飛ばす。
往診の時は、見守りの隊士を少なくしていた。
小野寺さんが舌打ちをしたような気がした。
「青龍、樹のところへ早くって……。あれっ?青龍いないじゃん!」
呼びかけに応答がない。
「朱雀、樹のところへ伝えて」
朱雀とは、小野寺さんの鳥だった。
一羽の鳥が高く飛び立つのが見えた。
気がつくと、老人、子ども、年齢関係なく前と後ろに人が集まっている。
数にしてはそんなに多くはない。が、どう見ても一般人だ。
鍬や鉈、斧、包丁、刀を持っている人はいないように見えたが、何かしら凶器になるような物を持っている。
よく見ると、その中におばあちゃんもいた。
「おばあちゃん?」
私が声をかける。
「小夜ちゃん、ごめんね。おじいちゃんを助けるには、司波様のお力がないといけないんだよ。もうおじいちゃんは、普通の薬なんかじゃ治らない。司波様のお力でないと」
洗脳をされているのか。
一人の男が後ろから現れる。
すると
「司波様……」
男を見て一斉に道をあけ、拝み始めた。
この人が、私を襲った人。
中性的な顔立ち、身長は、月城さんと小野寺さんと同じくらい。長い髪を束ねることなく、下ろしている。歳も月城さんたちと同じくらいに見えた。
しかし、少し窶れているように思う。
「こんな綺麗なお兄さんが相手だったとは思わなかったな」
小野寺さんが声をかけるが、表情が硬い。
「今までご苦労様でした。まぁ、こうなると無駄な努力でしょうけれど。その子を渡してもらいましょうか?」
こちらに手を差し伸べている。
「渡して欲しいって言われて、渡せると思う?」
「すんなりと渡してもらえるとは思っていませんよ。せっかくこの日が来たんですから、まずは余興ですね」
そう言うと
「さぁ、あの女の子以外、殺してください。そうすれば、あなたたちに私の力を分けてあげましょう」
「はい」
住民たちは、武器を握りしめていた。
「やることは最低だね。罪のない人たちを騙して、利用して」
小野寺さんが吐き捨てるように言った。